イタリアン・セオリーの現在 書評|ロベルト・テッロージ(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

イタリアン・セオリーの現在 書評
イタリア現代思想の必読書
二一世紀のイタリアン・セオリーの配置図を描く

イタリアン・セオリーの現在
著 者:ロベルト・テッロージ
翻訳者:柱本 元彦
出版社:平凡社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 イタリア現代思想の著作家たちの主要な著作はほとんど邦訳で読める環境が整った。アントニオ・ネグリ、ジャンニ・ヴァッティモ、ジョルジョ・アガンベン、マッシモ・カッチャーリ、ロベルト・エスポジトといった哲学者たちである。日本では例外的に早くから紹介・翻訳されてきたウンベルト・エーコを加えることもできる。彼らにアウトノミアの理論家(フランコ・ベラルディ)やポスト・オペライスタと呼ばれる一群の思想家たち(パオロ・ヴィルノ、マウリツィオ・ラッツァラート、クリスティアン・マラッツィ、アンドレア・フマガッリ、サンドロ・メッザードラら)も加わって、日本におけるイタリア現代思想の紹介は活況を呈していると言って良い。

しかし何かが足りない。上記の思想家たちの邦訳を読んだ読者はどこかすっきりとしない読後感を抱えてはいないだろうか。それは、端的に言えば、文脈が紹介されにくいからなのだと思う。なぜネグリはヴァッティモに「保守反動」のレッテルまで貼って罵倒するのか。遠くから眺めている限り、同じ左翼陣営に属しているように見えるのに。なぜアガンベンはアウシュヴィッツの囚人にあれほどのこだわりを見せるのか。なぜカッチャーリの哲学はこれほどまでに政治神学的なのか。なぜエスポジトは〈免疫(インムニタス)〉という概念を持ち出したのか。こうした素朴な問いが邦訳書の「訳者解説」などでは意外とスルーされたまま、イタリア現代思想の論点が日本の研究者の著作や論文の高度な議論に組み込まれてしまう。それが「すっきりとしない読後感」の根拠ではないか。

本書は、上記のネグリ、アガンベン、カッチャーリ、エスポジトら、もっぱら米国で「イタリアン・セオリー」と総称される哲学者たちの一九九〇年代以降の仕事を主題的に論じた第一部と、その前史として八〇年代のイタリア版ポストモダニズムを論じた第二部、主要に大学における哲学研究の歴史を概観した第三部からなる。もっとも読み応えがあり著者の力量を感じさせるのが第一部だ(カール・シュミットやフーコーを無謬の権威として扱うことをせず哲学研究者としての著者の独自の考察を対置している点に、単なる解説の域を超えた見識が認められる)。第二部・第三部も、上記の「文脈」の説明として大きな価値をもつ。

一九世紀末から第二次世界大戦終了直後の時期までのイタリア思想史を扱ったものに、ノルベルト・ボッビオの『二〇世紀のイデオロギー的肖像』という名著がある(馬場康雄・押場靖志訳、上村忠男解説『イタリア・イデオロギー』未來社)。二〇世紀イタリアの思想史をファシズム(あるいはプロトファシズム)対反ファシズムという大きな流れが生む葛藤のドラマとして描いているのだが、その枠組みが使えるのは第二次大戦末期の対独武装抵抗闘争の勝利の熱気が終息する一九五〇年前後までだった。それ以降のイタリア思想史を通史的に捉えること、しかも人名と著作の単なる時系列的な羅列に終わらない一貫したパースペクティブの下で叙述することは、巨匠ボッビオでさえもできなかった。イタリアにもフランス実存主義やイギリス論理実証主義、ドイツ現象学などが旺盛に紹介・吸収されることでイデオロギー的な地形がいっそう複雑になり、単純な図式があてはまらなくなったからでもある。

本書は、時系列をいわば横軸とするならば、「生政治」、「共同体とコモン」、「政治神学」、「身体の政治学」という四つのテーマを縦軸とすることで、二一世紀のイタリアン・セオリーの配置図をかなりの程度、描き切ることに成功していると思われる。イタリア現代思想の今後の動向を指し示すような二作目を評者は期待している。訳文も平明であり安心して読める。イタリア現代思想に関心のある読者はすべからく本書を読むべし。
この記事の中でご紹介した本
イタリアン・セオリーの現在/平凡社
イタリアン・セオリーの現在
著 者:ロベルト・テッロージ
翻訳者:柱本 元彦
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
「イタリアン・セオリーの現在」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
中村 勝巳 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > イタリア文学関連記事
イタリア文学の関連記事をもっと見る >