資本主義と倫理 分断社会をこえて 書評|岩井 克人(東洋経済新報社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月19日 / 新聞掲載日:2019年10月18日(第3311号)

資本主義と倫理 分断社会をこえて 書評
〈倫理〉の復権から資本主義の未来へ
学際的に掴む新たな社会ヴィジョンへ

資本主義と倫理 分断社会をこえて
著 者:岩井 克人、生源寺 眞一、溝端 佐登史、内田 由紀子、小嶋 大造
編集者:京都大学経済研究所附属先端分析研究センター
出版社:東洋経済新報社
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 グローバリゼーションの時代という認識がすでに常識となった昨今、〈脱グローバル化〉という新たな現象がことに米国と英国という先進資本主義諸国で生じ始め、広く〈資本主義〉をめぐる多様な問題群への学術的な取り組みも活性化してきている。分断社会の諸相、トマ・ピケティ『21世紀の資本』以来の持続的関心となった格差・不平等問題、そして資本主義の新たな未来とヴィジョン。本書はこうした喫緊かつ現代的諸問題についての京都大学経済研究所主催のシンポジウム(二〇一八年一〇月六日)の記録書であり,経済学、農学、教育学、社会学など多分野に及ぶ専門的研究者による講演とパネル・ディスカッションからなる作品である。

各自の専門分野の該博な知識を活かしながら、異分野同士による忌憚なき学際的なコミュニケーションが問題の本質をより鮮明なものとし、読者の知的関心をも大いに喚起してくれるだろう。世代をこえて本書を高く推奨したい。

当該テーマにもっとも迫った講演をおこなった岩井克人氏。氏によれば、アダム・スミス以来の「経済学は、その理論体系から倫理を葬り去ることによって成立した学問であったはずである」と回顧しながら、いわゆる信任(関係)論とそれを支える「忠実義務(Duty of Loyalty)」のあり方から、実はわれわれが生き暮らす「資本主義のまさに真っただ中に倫理がある」と明言する。対等な人間関係を前提とする契約関係より、むしろ対等性をまったく欠いた人間関係にもとづく信任関係は必然的に経済のなかに〈倫理性〉を復権させるわけだ。そしてまた、資本主義は基本的に収入から費用を「引き算」するという最も単純かつ普遍的な原理で動く社会機構であり、それゆえ資本主義への対抗手段は「できるだけ普遍的な原理で理論武装しなければ勝負にならない」。ポスト資本主義社会においてこうした論点の重要さを説く氏の一連の議論は、いわゆる主流派経済学への根源的な批判をへて得られる新たな知見と洞察にほかならない。

経済学のもつロジカルさとそこから演繹的推論を引き出すことにその優位性を認めながら、市場経済の外部に位置するメカニズムや機能様式(農業での日本型コモンズ)、そして世代をこえた長期の時間軸の射程にも鋭く着眼する農業経済学の生源寺氏、旧社会主義諸国の資本主義経済への移行問題から資本主義経済そのものを構築することの困難さ(文化や宗教、倫理など社会的規範や価値観は、旧来システムからの慣性が働くために急な変更が概して困難であること、制度形成における歴史的経路依存性の役割など)を多面的に論じる溝端氏の講演にも大いに共感できる今後の検討課題が盛り込まれている。社会心理学の立場からGDPと幸福度の関係、互酬性と信頼性の規範にもとづくソーシャル・キャピタル(社会関係資本)というネットワーク機能の意義などについて話題提供した内田氏の論点も含蓄に富む。

本書後半のパネル・ディスカッションでは講演内容を敷衍した、より内在的できわめて興味深い議論が多岐におこなわれている。たとえば、「大学の学問・教育のあり方」のテーマにて指摘される、日本人研究者におけるいわゆる基礎教養の顕著な不足、そしてまた、「現実には毎日のようにたくさんのペーパーが発表されては消えていきます」(いずれも溝端氏)というリアリティに富む深刻な研究現場の実態。学問や学術の進歩・発展とは何か、真剣に考えさせられる。

本書副題に付された「分断社会をこえて」。分断や格差・不平等のもつ多面的特徴とそれが生じうる原因を正確に検証し、どう対処していくべきか。そしてグローバル資本主義や新自由主義経済思想にどのようなオルタナティブを提示できうるか。経済学の研究を通じてその限界を知り、あらためてそれ以外の学問分野の〈固有性〉を理解することの意義と含みを示唆する岩井氏。学際的コミュニケーションの拡充と深化によってこそ、われわれは現在の「分断社会」をこえうる新たな経済社会ヴィジョンを描き出すことに近づけるであろう。本書は〈資本主義〉をめぐる最先端の学問的な問題状況を知りうる最良の一書である(なお本書のメインテーマとも密に関連する別の推奨作として、斉藤幸平編『未来への大分岐』集英社新書、を挙げておきたい。斉藤氏とマルクス・ガブリエル、マイケル・ハートそしてポール・メイソンという三人の論客との重厚で刺激的討論が魅力的だ)。
この記事の中でご紹介した本
資本主義と倫理 分断社会をこえて/東洋経済新報社
資本主義と倫理 分断社会をこえて
著 者:岩井 克人、生源寺 眞一、溝端 佐登史、内田 由紀子、小嶋 大造
編集者:京都大学経済研究所附属先端分析研究センター
出版社:東洋経済新報社
以下のオンライン書店でご購入できます
「資本主義と倫理 分断社会をこえて」出版社のホームページはこちら
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