時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度 書評|アンリ・ベルクソ(書肆心水)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月19日 / 新聞掲載日:2019年10月18日(第3311号)

時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度 書評
今、再び読み直す時期に
今、再び読み直す時期に

時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度
著 者:アンリ・ベルクソ
翻訳者:藤田 尚志、平井 靖史、岡嶋 隆佑、木山 裕登
出版社:書肆心水
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 近年、哲学と科学の関係が問い直されている。それは余りに発展した自然科学に対して、哲学が新しい根拠づけの仕方を模索し始めたからである。例えば、メイヤスーの思弁的唯物論は、地球の誕生のような科学的な言説を「私」の思考によって文字通りに理解できないから、「私」と物との間の相関関係を放棄したうえで、数学による根拠づけを試みている。また中沢新一は、ロゴスによる線形的認識に還元されないレンマ的(直観的)認識が量子力学や幾何学などに見いだされることから、華厳経に基づくレンマ学を打ち立てている。

科学と哲学の関係がこのように変化しつつある現在、ベルクソンの哲学はもう一度検討に値する。彼は純粋持続としての時間の考えを軸に、科学を根拠づけようとしてきたからである。物理的な時間や空間の根底にあるのは、持続としての時間であり、それは直観によって把握されるのだ。

この意味で『時間観念の歴史』は、科学と哲学の関係を考えていくのに適した書物だと言える。コレージュ・ド・フランスでのこの講義で、ベルクソンは古代ギリシアから近世に至るまでの哲学と科学の歴史を考察している。プロティノスに重きを置き、近世の科学者や哲学者たちへのその影響をみる見解はユニークであるし、時間観念を通しての哲学による科学の根拠づけも参考になる。その上、平井靖史の解説や藤田尚志のあとがきも内容が充実しており、読者の理解を助けてくれる。特に平井の解説の中の「ベネデッティの『運動の内部』」、「減算的生成」、「持続の多元論」は、哲学と科学の関係を考えるのに役立つ。また、藤田のあとがきの中の「ハイデガー的『解体』とベルクソン的『否定』」の比較も、科学志向の希薄なハイデガーとの対比から、ベルクソンの今日的な可能性を考えさせてくれる。

この書物のもう一つの特徴は、伝説の名講義の魅力を伝えていることにあり、具体例が豊富でとても分かりやすい。校訂者注や訳注も充実しており、翻訳も読みやすいので、ベルクソン入門として読むのにもいい。ただ、独創的な哲学者による哲学史や科学史の解釈の醍醐味に浸れる哲学入門として読むことを、私はお勧めしたい。プロティノスへの高い評価とかデカルト以降の哲学への冷淡さとか、その個性的な姿勢が通常の哲学史とは違い、刺激的な思索の道に誘ってくれるからである。

本書のような質の高い翻訳と解説が可能なのは、日本のベルクソン研究の水準の高さの故である。二〇〇七年に日本を起点にして立ち上げられた、ベルクソン哲学の国際協同研究プロジェクトは、内外の専門研究者のみならず、他の分野の研究者を巻き込みながら、活発な活動を繰り広げている。同じ書肆心水から出版された『物質と記憶』についての三つの論集もその成果と言えるだろう。

かつてメルロ=ポンティやドゥルーズはベルクソンを批判的に継承していった。今日われわれはこの哲学者を再び読み直す時期にきているのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度/書肆心水
時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度
著 者:アンリ・ベルクソ
翻訳者:藤田 尚志、平井 靖史、岡嶋 隆佑、木山 裕登
出版社:書肆心水
以下のオンライン書店でご購入できます
「時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902―1903年度」出版社のホームページはこちら
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