レス 書評|アンドリュー・ショーン・グリア(早川書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月19日 / 新聞掲載日:2019年10月18日(第3311号)

レス 書評
生き生きと人間の滑稽さを描く
ピュリッツァー賞受賞のユーモア小説

レス
著 者:アンドリュー・ショーン・グリア
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:早川書房
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 50代での失恋と10代でのそれを比較し、より傷つかないのは前者である、なぜなら経験値が上がり、痛みに鈍感になるから、などとしたり顔で説く人がいても、うのみにしてはならない。50代には50代なりの葛藤があり、後悔がある。鮮血の滲む痛みもある。失恋はそのたびごとの経験なのだ。――ということを、『レス』は教えてくれる。

主人公は、あまり売れていないがそれで生計を立てている小説家のアーサー・レス、もうすぐ50歳の男性だ。9年間をともにし別れて間もない元恋人から、結婚式への招待状が届いたことで、憔悴中。彼は、なんとしてもその結婚式を回避したい。同じ町にもいたくない。そこで、あらゆる手段と文学イベントへのオファーを統合し、しばらく旅に出てしまおうと画策する。まずはアメリカ大陸の反対側、ニューヨークへ。そしてメキシコシティ、ベルリンなどをめぐり、最終滞在予定地は京都だ。憂鬱なる結婚式も誕生日も、旅の非日常性に埋没させる作戦だ。

物語では、訪れた先々での出来事がユーモアと皮肉たっぷりに描かれる。ニューヨークではかつて「ほとんど愛していた」、歴史学の大学教授と偶然にも再会する。禿げあがり、にわかに誰かわからぬほど人相の変わった彼にとまどいながら。ここまで書きそびれていたがレスは同性愛者であり、元恋人たちはみな男性である。招聘されたベルリンの大学では、講義の傍らで学生と短い関係を持つ。その彼いわく、見た目と振る舞いから、学生たちにピーター・パンとあだ名されているらしい。「まったく歳を取らなかったんだね」と、憐れまれもする。

実際、レスはブルーのスーツが似合う痩身で、アメリカ人らしいオブセッション、若々しさのキープに成功している。内面も成熟や老成と縁遠く、少年のような自意識を抱えた大人である。パリではある作家から、君が書くものは「ゲイの正典」でないと批判される。ゲイ小説では美が求められるが、レスの小説では「登場人物たちが苦しむだけ苦しんで、報われることがない」と。モロッコでは、「白人の中年のアメリカ人の男」の悲しみを描く小説などウケないと辛辣な批評を受ける。「ゲイでも?」「ゲイでも」。商業的な成功への計算も、世の趨勢というべきマイノリティ文学への目配りもできず、よくいえばピュアで、鎧もつけぬ丸腰で世知辛い世界を渡ろうとしているピーター・パン、それがレスという男なのだ。

よって恋愛面でも狡猾さとは無縁で、「『いま』しかない、『君』しかない」という不思議なまでの情熱で、相手と向き合ってきたのだった。そうして特別な関係を築いた二人――世界的に有名な詩人のロバート(25歳年上)と、高校教師のフレディ(15歳年下)――とのもう終わってしまった恋の記憶が、旅の間じゅう、レスを揺さぶり続けるのである。

本作は、ピュリッツァー賞を受賞した。作中、ロバートが同賞を受賞したとき、こんな賞を取ると終わっちゃうと女性が忠告した、まさにその賞を、である。ピュリッツァー賞の懐の広さを示す一方で、歴史や戦争やマイナー性などの「大文字」のテーマを扱わない小説でも、こんなにも生き生きと人間の滑稽さを描くことができ、また愛や加齢といった身近なテーマで読者を魅了できる、との証明にもなった。全編を通し、レスのことを語る語り手「私」とはいったい誰か、という謎解きもおもしろい。
この記事の中でご紹介した本
レス/早川書房
レス
著 者:アンドリュー・ショーン・グリア
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「レス」出版社のホームページはこちら
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