悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編 書評|亀山 郁夫(名古屋外国語大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月18日 / 新聞掲載日:2019年10月18日(第3311号)

悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編 書評
アンソロジーの悦楽 
優れた短篇は記憶に残りつづけ、一生を掛けて読まれることになる

悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編
著 者:亀山 郁夫
翻訳者:野谷 文昭
出版社:名古屋外国語大学出版会
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本書は名古屋外国語大学で教鞭をとる方々によって作られた複数の国の短篇小説のアンソロジーである、結論から述べると、翻訳小説に親しんでいる読者、短篇小説を好む読者であれば、愉しい時間を過ごすことができるものになっている。とくに幻想的な要素を含む小説に興味がある読者であれば文句なく推薦できる。

編者はロシア語文学の亀山郁夫、スペイン語文学の野谷文昭の二人であるが、作品の選定は編者が行ったのではなく、二人を含む訳者十三名が、それぞれ訳したいと思う作品を持ち寄ったようである。

そのやりかたの場合、短篇集やアンソロジーは散漫な印象になることが少なくなく、また訳者の数が多いので、散漫さに拍車がかかると危惧されるが、そうした結果にはなっていない。統一感が具わっている。それはおそらくほとんどの訳文が高いレベルにあるからだろう。文章の良さというものは様々なものを救ってくれるじつに有用なものである。

収録作品は十三作。時代的には十九世紀の後半に書かれた作品がもっとも多く、新しいもので二十世紀前半ということになる。だから百年ほど前の作品が中心になるわけだが、翻訳小説というものはよくしたもので、訳すのが現代の人間であるため、古さを感じさせることが少ない。そのあたりは翻訳というもののアドバンテージだろう。

十三作の収録作の範囲は言語で数えると六種、国で考えるとアメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ロシア、ドイツ、イタリア、スペインの八カ国。もっとも有名な作家はヘンリー・ジェイムズ、チェーホフ、リルケあたりか。

フェミニズムで注目されるケイト・ショパン、カナダの先住民族の作家ポーリン・ジョンソン、そしてイタリアのチェーザレ・ザヴァッティーニが収録されているのは貴重である。とくに、ザヴァッティーニは筆者にとっては未知の作家であり、アンソロジー内短篇集といった趣の二十二篇の短文は大いに愉しめた。味わいのあるスケッチ、博物学的タッチは、名手の域に達しているかもしれない。興味深い作家である。このように未知の作家を発見できるのもアンソロジーの歓びのひとつである。

欧米ではアンソロジーが大変好まれ、オールタイムの短篇アンソロジーの数も大変多く、ここに収録されたリラダンの「ヴェラ」やメリメの「イルのヴィーナス」はその種のアンソロジーにしばしば収録される(そうした名作は「アンソロジーピース」と呼ばれる)。そしてオールタイムの短篇アンソロジーに収録された古典を見ると、ほとんどが超自然的な要素を具えた幻想小説や怪奇小説であることに気づく。オールタイムアンソロジーは昔の作品が多ければ多いほど幻想小説のアンソロジーに近づいていくのだ、だから本書がそのような傾向を持つことはまったく不思議ではない。

さらに述べるならば、ここに収められた多くの作品のモティーフは「恐怖」である。ベッケル「緑の瞳」の禁じられた泉で侯爵を待つ水妖、ケイト・ショパンの「ディジレの赤ちゃん」の人種的な要素に端を発する恐怖、ジェイムズの「ことの顛末」のゴーストストーリー的アトモスフィア。

ホラーのように正面切って恐怖を扱うことはないので、恐いものが苦手という読者も恐怖を意識せずに読むことができるが、文学のなかで「恐怖」がいかに大きなモティーフであるのかが顕著に見てとれる。ショパンの「フェミニズム」や、ジョンソンの植民地文学的要素の根底にあるものも超自然ではないが、おそらく「恐怖」である。文学における超自然の恐怖とそうではないものを統合して扱う研究の登場が待たれるところである。

訳を褒めたが、例としてすこし引用しておこう。「緑の瞳」の一節で侯爵が人を寄せつけない泉の風景を述べる箇所である。見事な訳である。「お前はあそこを知らない。いいか、泉の水は岩の奧深くから密かに湧き出て、あたりに生える植物の揺れ動く緑の葉の間を伝い、一滴また一滴と滴り落ちる。滴は落ちるとき黄金の粒のようにきらめき(以下略)」 短篇小説は面白く興味深いものである。短篇小説好きの評者は長篇小説を読むとしばしば技量に欠けるために短篇にできなかった失敗作のように感じることがある。文学においては小は大を兼ねる。優れた短篇は記憶に残りつづけ、言わば一生を掛けて読まれることになる。夏目漱石の「夢十夜」やホルヘ・ルイス・ボルヘスの「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」を思い起こされたい。(にしざき・けん=作家、翻訳家、電子書籍レーベル惑星と口笛ブックス主宰)
この記事の中でご紹介した本
悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編/名古屋外国語大学出版会
悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編
著 者:亀山 郁夫
翻訳者:野谷 文昭
出版社:名古屋外国語大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「悪魔にもらった眼鏡 欧米・ロシア編」出版社のホームページはこちら
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