もう少し浄瑠璃を読もう 書評|橋本 治(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月19日 / 新聞掲載日:2019年10月18日(第3311号)

もう少し浄瑠璃を読もう 書評
テキスト理解に必要な要素を丁寧に説明
名作揃いのラインアップで「浄瑠璃を読もう」

もう少し浄瑠璃を読もう
著 者:橋本 治
出版社:新潮社
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 『浄瑠璃を読もう』(二〇一二年刊)の続篇としての本書は、「もう少しならやれます」と「遠慮がち」に名付けられたとのこと。前篇の「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」等に比べ、「きっとまァ地味だろうな」と著者の橋本治氏が考えた本書のラインアップは、「小栗判官」「出世景清」「曾根崎心中」「夏祭浪花鑑」「双蝶々曲輪日記」「摂州合邦辻」「一谷嫩軍記」「伊賀越道中双六」の八作品。地味どころか、堂々たる名作揃いである。

著者は、浄瑠璃の物語やその魅力を、わかりやすく読者に伝えようとしている。しかし、その「わかりやすさ」は、単純化したり略したり、親しみやすくするといった、お節介なものではない。先行文芸との関係や当時の社会状況、作者の問題など、テキストの理解に必要な要素を、決して疎かにせず丁寧に説明する。専門用語も登場し、軽い気持ちで手に取った読者は、そこで脱落してしまうのではないかと、心配になる程である。

けれども浄瑠璃の物語は、現代の感覚のままで読むと、不可解だと思われてしまう場合が多いのである。物語が成立した社会的背景と、それに伴う登場人物たちの事情を知ってはじめて、深い共感と感動が得られる。そんな浄瑠璃の魅力を、著者はよくよく知っているのだろう。むしろ、本家の文楽における近松門左衛門作品の復活では、前述したお節介で、原作本文が省略あるいは改悪されていることがある。それに異を唱える上でも、著者の作品に向き合う姿勢と、「浄瑠璃を読もう」という呼びかけはありがたい。

本書冒頭「『小栗判官』をご存じですか」の章では、義太夫節人形浄瑠璃成立以前の説経節「小栗判官」を取り上げ、著者自身が時にその「ぶっ飛んだ」物語に首を傾げつつも、根気強く読み解いていく。「恋のはじめの『曾根崎心中』」では、現在の上演では見ることの出来ない、近松の原作本文の「編笠を脱がない徳兵衛」に注目する。「『双蝶々曲輪日記』のヒューマンドラマ」においては、上演が稀な場面にも紙数を費やして、端役も含めた登場人物たちのキャラクターについて分析し、ドラマの骨格を捉えようとする。

なお、「「熊谷陣屋」の『一谷嫩軍記』」で、著者がこの作品全体のテキストが長らく刊行されず、手に入りにくいことを嘆いたのは卓見であるが、二〇一三年に『義太夫節浄瑠璃未翻刻作品集成』(玉川大学出版部)第三期で、めでたく刊行されたことを申し添えたい。

浄瑠璃研究者として、ひと言差し挟みたくなる箇所も幾つかはある。例えば、「『出世景清』という新しい浄瑠璃」の章で、より熱意を込めて語られているのは、先行する幸若舞曲における景清像。これを著者は「男の姿が立っている」と称賛する。一方で、近松作「出世景清」に対しては、女主人公・阿古屋の「女のリアリティ」はあれども、「明確な景清像が見当たらない」と、評価が低い。確かに近松は、阿古屋のドラマを存分に描いた。しかしながら景清の造型にも、「曾根崎心中」における「編笠を脱がない徳兵衛」と似た、近松の深い作意があると評者は考える。

出来ることならそれを是非、著者の橋本氏に伝えたい。そして、浄瑠璃について語り合ってみたい。けれども、その願いはもう叶わないのである。橋本治氏は、本書の校正刷りが既に用意されていた、二〇一九年一月に逝去された。その後の経緯については、本書の刊行に尽力された、国際基督教大学の矢内賢二氏による解題に詳しい。

浄瑠璃には名作がまだまだあるが、残念ながら、本書の続篇はもう出ない。だからこそ多くの読者が本書を手に取り、「もっと浄瑠璃を読もう」との思いを抱いてくれることを切に願う。
この記事の中でご紹介した本
もう少し浄瑠璃を読もう/新潮社
もう少し浄瑠璃を読もう
著 者:橋本 治
出版社:新潮社
「もう少し浄瑠璃を読もう」は以下からご購入できます
「もう少し浄瑠璃を読もう」出版社のホームページはこちら
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