歴史家 服部之總 日記・書翰・回想で辿る軌跡 書評|松尾 章一(日本経済評論社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2016年12月9日

◇服部史学の神髄を学ぶ◇ あらゆる資料を駆使して全体像、人間像を描き出す本書

歴史家 服部之總 日記・書翰・回想で辿る軌跡
出版社:日本経済評論社
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忘れかけていた日本近代史家服部之總がよみがえり、生身の姿を私たちの前に現した。この大著は、戦後の服部(以下すべて敬称略)の私設助手だった松尾が、服部の「没後三十年記念の集い」などを記録した『服部之總・人と学問』(日本経済評論社)の編集後記に、「私にはまだ大きな宿題が残されている。それは私自身の『服部之總伝』を完成することである。この仕事を、ここ一、二年のうちに必ず果たしたい」と書いた約束を三十年近く経った今果たしたということなのだ。

本書の「あとがき」を見ると、脱稿は二〇〇八年。それから出版まで八年。著者の努力もさることながら、出版に踏み切った日本経済評論社にも敬意を表する。

私がなぜ服部の歴史学を学んだのか。私の専門は農業経済と農協論。所属する学会は土地制度史学会だった。学会に加わった最初の頃は総帥の山田盛太郎がまだ健在で、研究会の最後に発言するのが常だった。わが国の農業問題を研究するには戦前の地主小作制をどう理解するのかが不可欠だが、そのことは、明治維新を絶対主義の成立(講座派)とみるのか、ブルジョア革命(労農派)と考えるのかということでもあった。

さらに、一九世紀に東アジア諸国は同一の外圧にさらされながら、インドはイギリスの植民地に、中国は欧米列強の半植民地になったにもかかわらず、なぜ日本だけが独立国になりえたのかということにも関心を持っていた。

私が学生の時に服部はいなかった。だが、当時社会科学を学ぼうとする学徒にとって服部の著作は必読の文献だった。

服部は、一九〇一年に島根県の浄土真宗の寺の長男として生まれ、東京帝国大学文学部を卒業した。『日本資本主義発達史講座』に明治維新について執筆し、後に「幕末=厳マニュ時代」論(明治維新の経済は、『資本論』によるところの「厳密なるマニファクチュア時代」であるとした)を展開した。維新史研究の成果の上に絶対主義、自由民権運動、日本帝国主義、日本ファシズムなどについて多くの論考を残している。著書に『明治維新史』『黒船前夜』『蓮如』『親鸞ノート』などがある。

本書はサブタイトルでわかるように、服部の著作の解説などではなく、服部の五十四年の生涯を、残された日記、書簡、回想、講演や対談記録などを克明に追いながら正確に伝えることに主眼を置いて編集執筆された。普通は、書かれたもの、つまり著作からしかその人を知りえないし、評価することもその範囲でしかできないが、服部の裏も表も知り抜いている松尾は、あらゆる資料を駆使して服部の全体像、はだかの人間像をみごとに描き出している。

本書は「いま服部之總から学ぶこと」という松尾の序に続いて、「生い立ちから戦前期までの服部之總」、「戦後史のなかの服部之總」の二部から成り、第一部は、生家、木田村尋常小学校・県立浜田中学校時代、旧制第三高等学校時代、東京帝国大学時代、結婚・再婚そして労農党政治部員時代、在野の歴史家時代、花王石〓株式会社時代、第二部は、敗戦直後、鎌倉大学校、闘病と執筆活動を支えた奈良本辰也との友情、日本近代史研究会時代、アメリカ占領下の服部之總、法政大学教授時代、入院と退院直後の日記、で構成されている。これだけ見ても服部の動き、八面六臂の活躍ぶりが手に取るようにわかる。しかも晩年は結核、糖尿病、ノイローゼなどの持病と戦いながらだ。先ごろ亡くなった三笠宮との交流も面白い。「自分の人生を華やかに演出した服部も寿命だけは意のままにならなかった」とある。

服部は鎌倉アカデミーや法政大学で教鞭をとっていたが、労農党や日本共産党と関わり、三鷹事件、松川事件、メーデー事件の被告を支援し、地域の民主化運動として鎌倉市長選にも積極的に関わった。三鷹事件で唯一死刑判決を受け、冤罪を訴えてきた竹内景助からの獄中書簡も、本書に十四通収められている。

私の目をくぎ付けにしたのは、一九五五年一一月一〇日の日記の「桜井武雄来泊」のくだり。松尾の解説に「桜井は戦前の服部の私設助手第一号」とある。櫻井武雄は茨城にあって岩上二郎知事の田園都市づくりを玉川農協組合長の山口一門とともに担った。私はどういうわけか彼に嫌われ、一九九三年の瓜連町長時代、岩上のあとの知事竹内藤男が贈収賄事件で逮捕され辞任したあとの知事選で、独自候補を擁立しようとした私の動きを強く叱られたことがあった。

櫻井は「茨城は後進県である」と説き、私も地域で封建的、保守的な空気に抵抗し、農協や行政でいろいろ動いてきた。なぜ茨城は後進県なのか、その風土はどうして出来上がったのかが今日までの研究課題であり、研究するだけでなく、その克服を行動の原点としてきた。服部の明治維新研究と私の内発的な問題意識は櫻井を通してつながっているのだ、と本書を通読して受け止めることができた。

服部は一九五一年から『歴史画報』を出すが、「発刊にのぞんで」の次の文は、時間をずらせば今にも当てはまり、これが服部史学の神髄を学ぶことだと思っている。
「二十世紀の後半に入った今日、祖国日本は新しい運命の前に立っております。このとき、わたくしどもは、一九世紀の後半を含んだ近代日本の歩みを顧みることが、今日の立場を理解し、今後の歩みを知るためにも、絶対に必要なことだと信じます」。
この記事の中でご紹介した本
歴史家 服部之總 日記・書翰・回想で辿る軌跡/日本経済評論社
歴史家 服部之總 日記・書翰・回想で辿る軌跡
著 者:松尾 章一
出版社:日本経済評論社
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年12月9日 新聞掲載(第3168号)
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