笠原伸夫 寄稿 死―伝統的美意識の根底――川端・三島の自殺が提起したもの 『週刊読書人』1972(昭和47)年5月8日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月20日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第925号)

笠原伸夫 寄稿
死―伝統的美意識の根底――川端・三島の自殺が提起したもの
『週刊読書人』1972(昭和47)年5月8日号 1面掲載

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1972(昭和47)年
5月8日号1面より
ノーベル賞作家・川端康成氏の突然の自殺は、各界に大きな衝撃を与えたが、ちょうど、この自殺を追うように、一昨年の三島由紀夫氏の自決事件に関する判決が行なわれた。この二人は奇しくも師弟関係にあり、日本的美の追求者として評価されていた。そこで、川端、三島両氏の自殺と日本的美の問題について、中世文学を専攻する笠原伸夫氏に論じてもらった。(編集部)
第1回
〈孤児の感情〉と〈死の意識〉

笠原 伸夫氏
川端康成の自殺の報はかならずしも唐突な感じのものではなかった。あらためていうまでもないことだが、「十六歳の日記」以来、川端氏の文学は死をみつめ、死と狎れ親しんで来た世界であった。幼少にして父母を喪い、十歳までに祖母と姉に死なれ、十四歳のときたった一人の肉親である祖父に身罷られたかれの境涯は、いうなれば死を凝視することを余儀なくされた人生といえる。少年時代すでに〈葬式の名人〉と呼ばれたという挿話は有名で、川端氏の文学は、〈孤児の感情〉と〈死の意識〉とにはさみうちされつつ生成し来ったものであった。さっと数えても、「葬式の名人」「心中」「抒情歌」「禽獣」「虹」など、死ないし死のイメージを描いた作品は多い。
平山城児は「日本文学にあらわれた自殺の諸相」(「解釈と鑑賞」昭46・増刊号)のなかで自殺を題材としてあつかった近代作家名を十位まで列挙しているが、三島由紀夫、川端康成、豊島与志雄、田宮虎彦、福永武彦らの順で、奇しくも三島、川端の師弟が一、二位をわけあっている。作品の題材上からもこの両者がいかに死と対峙しつづけたかがよくわかる。しかも結果として共に自殺して果てたことを思うとき、なにやらいい知れぬ戦慄を感じるのはわたしだけではあるまい。とりわけ川端氏の死は、それが唐突な感じ、ないしは異変のイメージをもつものではなかっただけに、ひとびとの胸中に静かな波紋をひろげ、時間がたつにつれてつよい印象を刻みこまずにおかぬものがある。大仰にいえば、川端氏の死から日本文学の根源的な感情、あるいは文学的伝統そのものに思いを馳せたくなろうというものだ。川端氏のように死と膚接したところで、死を凝視しつつ己れの作品を造形しつづけるということは、考えてみればなんとも荒涼のわざではなかろうか。川端氏の生涯はいうなればそうした荒涼に耐えたものともいえる。作品などからふとかいまみる氏の寂寥、孤愁はなんとふかぶかとした巨樹に彩られていることか。
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