村田沙耶香ロングインタビュー 世界を「食べて」生きている 『生命式』(河出書房新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月25日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

村田沙耶香ロングインタビュー
世界を「食べて」生きている
『生命式』(河出書房新社)刊行を機に

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生命式(村田 沙耶香)河出書房新社
生命式
村田 沙耶香
河出書房新社
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村田沙耶香氏が、短篇集『生命式』(河出書房新社)を上梓した。性の在り方を根底から物語なおした『消滅世界』、芥川賞受賞作「コンビニ人間」や、昨年刊行された衝撃的な長篇『地球星人』などへ連なる創作の流れも、垣間見せてくれる刺激的な一冊。心と脳に響く美しい不協和音を味わいながら、小説にしか至ることのできない場所へ立つ喜び。十二の短篇全てについて、村田氏にお話いただいた。 (編集部)
第1回
この世界の奇妙さを、見て、食べているうちに

村田 沙耶香氏
――村田さんの作品はどれも、思いもよらない価値観が放り込まれてくるので最初は驚くのですが、社会規範の基部まで掘り返して、そこから構築し直そうとされているので、読み終えたときには、現実社会の中で自分の纏っていた価値観の揺らぎを、感じざるを得ません。だから少し怖い物語でもあります。今回は短篇集で、十二篇のそれぞれの作品で実験がなされているので、さらに価値観はあっちこっちに揺さぶられ続けました。今回一冊の短篇集として、改めてご自身の作品を読み返して、思われたことはありましたか。
村田 
 年を経るごとに「繁殖」についての興味が増している気がしたのと、「食べる」ということが一貫して大きなテーマになっていると思いました。その始まりは、二〇〇九年に書いた「街を食べる」です。そこから、食べることへの興味が、どんどん変化していったように感じています。

――「街を食べる」とは不思議な言葉です。似たニュアンスが、長編の『消滅世界』にもあり、印象に残っています。
村田 
 この話を書いたきっかけは、父が長野の出身で山菜をよく食べていたのですが、都会の人はあまり草を取って食べたりしないな、と思ったことでした。街にも、蓬やなずななど、田舎と同じ種類の草も生えているのですが、食べ物とはほとんど考えられていないし、好まれないですよね。自分自身も長野の野草と違って食べるのがなんとなくこわい。そのことを不思議だと感じていたんです。

そこから考えが転がっていき、「生命式」では人肉を食べ、「素晴らしい食卓」では、同じ食卓でそれぞれがそれぞれに気味の悪い食べ物を食べ、「夏の夜の口付け」では、私にしては珍しくおいしいものを食べています。「食べる」ことは私の中に、かたちを変えてずっとあり続けている気がします。  ――「街を食べる」は私には怖い話でした。主人公は、初めのうちは都会になじめずに、コンビニの萎びたサラダに食欲がわかず、精神的な不健康さを漂わせている。ところが街に生えている草を採集して食べるようになってから、彼女の内部で何かが変わっていきます。最後に「今までとは違う意味で、自分は街を食べ始めている」といい、少しずつこちらの生理感覚を混ぜ込んで、友人を自分の価値観で「侵して」いこう、と決意している。この言葉は、どんなふうに出てきたのでしょうか。
村田 
 私は「食べる」という言葉を、口から摂取する意味だけでなく使っています。例えば会話しながら友人の話し方を食べていて、それが私の体に取り込まれている。そして別の誰かに、その友人の話し方で、しゃべっていたりする。常に世界を食べて生きていると思っているんです。

そうしてこの世界の面白さや奇妙さに興味をもって、見て、食べているうちに、世界というものは決して絶対的で確固たるものではないと思うようになりました。この言葉はそうした疑問が起こり始めた頃に、出てきたものだったと思います。

――村田さん自身が、世界を食べて食べて、様々なものや価値観を取り込んでいるんですね。
村田 
 そうですね、無意識にも。先日、とても尊敬する作家さんと対談したのですが、憧れの方を前にとても緊張して、ある編集者さんのしゃべり方になっていました(笑)。その方は最初にお会いしたときに、私のことを大好きだと仰ってくださって、緊張しているように見える早口で、「あの」と繰り返していらして、でもそれほど気持ちを私の方に向けてくれていたことに、とても胸を打たれたんです。その感じが忘れられなくて、自分も緊張してどう話せばいいんだろう……と頭が真っ白になったときがあって。突然、自分にその人が宿ったようになり、同じ喋り方で話していたんです。そういうことにいま、意識が向いています。

――いまのお話を聞いて、「孵化」も食べることに繋がっていると分かりました。これは主人公のハルカが、属するコミュニティによって「委員長」「アホカ」「姫」「ハルオ」「ミステリアスタカハシ」と、五つのキャラクターを使い分けている、という物語ですが。
村田 
 そうですね。「街を食べる」では街に生える草を食べることで、自分のいる世界を摂取していることを、「素晴らしい食卓」では、自分の信じる食事をすることで、この不確かな世界を信じていくということを書きましたが、「孵化」では直接食べるシーンは出てこずに、でもやはり「食べて」います。私はごきぶりがとても苦手なのですが、ごきぶりを食べる文化のもとに生まれていたら、ごきぶりのことを考えたら、唾がわいてきたりしていたかもしれない(笑)と考えることがあります。自分の確固たる好みがあり、自分の本能や強い意志で選択していると思っていても、実はいつの間にか世界や社会から食べさせられているもので、自分はできているのではないか。

「孵化」では、ハルカは自分がキャラを演じ分けていることに意識的ですが、誰しも多かれ少なかれ、周囲の人の行動を食べ、相手に呼応することで、関係性を築いていると思うのです。

――この物語の結末でハルカの婚約者のマサシに「裂け目」が生まれ、そこから「新しいマサシ」が出てくる、というシーンが描かれますが、世界を食べることで自分が出来上がり、新しい自分が孵化してくる、ということなのですね。
村田 
 書いているときは、もっと単純に、マサシから新しいマサシが生まれてくるという、直接的な孵化のイメージが頭に浮かんでいたのです。これは極端ですが、現実にそういう瞬間を目にすることがありますよね。あるとき、私が友人相手にツッコミにまわっているのをみて、編集者さんが「ツッコミもそうだけど、そもそも村田さんがタメ口をきいているのを、初めてみました」と驚いていました(笑)。そういう日常の瞬間を、面白がっているのだと思います。

――「新しいマサシ」は、精神的な変化の場面ですが、「魔法のからだ」は女子中学生が、自分の成長と自分を取り巻く世界の変化の中で、自分のからだに誠実に向き合おうとする物語ですね。クラスの派手目な女の子たちは、彼氏との関係がどこまで進んだかを声高に話し、あの子は「進んでる」という言葉で優劣を付けようとするけれど、主人公は「進んでる」って「どこに」と思う。ハッとする言葉でした。
村田 
 「進んでる」って変な言葉ですよね。アセクシャルな人にとっては、セックスすることもキスすることも、全く進んでいることにはならなくて、それをしないことが自分への理解という意味で、むしろ進んでいるのかもしれない。思春期の子たちは、大人たちに反発しているようで、社会の凝り固まった価値観の流れに、スーッと乗っている人を「進んでいる」といって持て囃したりしている。そうした奇妙な空気への疑いは、私の中に常にあります。
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この記事の中でご紹介した本
生命式/河出書房新社
生命式
著 者:村田 沙耶香
出版社:河出書房新社
「生命式」は以下からご購入できます
地球星人/新潮社
地球星人
著 者:村田 沙耶香
出版社:新潮社
「地球星人」は以下からご購入できます
コンビニ人間/文藝春秋
コンビニ人間
著 者:村田 沙耶香
出版社:文藝春秋
「コンビニ人間」は以下からご購入できます
「コンビニ人間」出版社のホームページはこちら
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