生誕一二五年、江戸川乱歩の読まれ方 乱歩の変遷と軌跡について  寄稿 落合教幸|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月25日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

生誕一二五年、江戸川乱歩の読まれ方
乱歩の変遷と軌跡について  寄稿 落合教幸

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十月二一日は、江戸川乱歩の生誕一二五年であった。そこで、春陽堂書店が刊行している「江戸川乱歩文庫」シリーズの監修をしている落合教幸氏に、ここ百年の江戸川乱歩作品の読まれ方、今後についてご寄稿いただいた(写真は平井憲太郎氏よりご提供)。   (編集部)
第1回
百年前の乱歩

蔵の中の江戸川乱歩
今年二〇一九年は、江戸川乱歩の生誕一二五年にあたる。記念出版というわけではないけれど、僕の監修で刊行してきた春陽堂書店の「江戸川乱歩文庫」全三十巻がまもなく完結となる。

乱歩のデビュー作「二銭銅貨」が掲載されたのが一九二三年なので、この百年に近い期間の、江戸川乱歩の読まれ方についてまとめ、これからについて考えてみたい。

ちなみにちょうど百年前の一九一九年、二十五歳になる乱歩が何をしていたかというと、勤務していた鳥羽造船所を辞め、東京の団子坂で古本屋をしていた年である。古本屋「三人書房」の経営は思わしくなかったので、同時に漫画雑誌『東京パック』の編集をしたり、短期間ではあるが屋台のラーメン屋をやったりもしている。

翌年には乱歩は大阪で就職、その後また東京で二つの職を経て、一九二二年の七月、当時大阪に住んでいた父親の元に移った。ここからの半年近く、乱歩は無職になるのだが、このとき書かれたのが「二銭銅貨」「一枚の切符」だった。これが翌年の『新青年』に掲載されることになるのである。

乱歩の初期の短篇小説は、博文館の雑誌『新青年』に掲載された。『新青年』は探偵小説の専門誌ではなかったが、探偵小説を特集した増刊号を出すなど、翻訳探偵小説を紹介してきた雑誌だった。乱歩の登場以降、多くの日本人作家が探偵小説を執筆し、『新青年』は探偵小説の中心的な雑誌となっていく。

乱歩にはいく度かの休筆期間があり、それとは逆に数多くの原稿を書いた時期もあった。多くの作品を生み出した最初の時期が、一九二五年から一九二六年である。この時は短篇が多く「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」などが書かれた。中篇『パノラマ島奇談』もこの時期の作品である。『闇に蠢く』『湖畔亭事件』などの連載もあったが、長篇については成功したとは言えない。一九二六年に乱歩は大阪から東京へと転居し、それ以降は基本的に東京で暮らした。
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