第二回 種田山頭火賞 授賞式開催|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月25日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

第二回 種田山頭火賞 授賞式開催

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漂泊の俳人・種田山頭火の名を冠し、昨年創設された、第二回種田山頭火賞の授賞式が、十月三日、神保町・出版クラブホールで開催された。第二回の受賞者は、詩人・作家の伊藤比呂美氏。
山頭火の句「ころり寝ころべば青空」が伊藤比呂美さんに贈られた(正賞・賞状)
受賞した伊藤比呂美氏は、「種田山頭火賞と伺って、山頭火の托鉢姿を思い浮かべた。托鉢僧のお布施のように賞を受けたが、はっと気づいたら(漂泊の俳人である)山頭火の賞であった。私はこれまでアメリカと日本を行き来して稼いだお金は全部航空券に注ぎ込んで、去年からやっと早稲田大学に(任期三年の)職を得たが、思うところがあって熊本に住むことに決めて熊本と東京を行き来して、本当は落ち着いて植物でも育てながら孫と遊ぶ、そんな生活をしたいと思っていたが、もっとどこかへ行け、もっと放浪しろということかといま絶望している」と楽しげに〝絶望〟を語った。
林 望氏
選考委員の林望氏は、「伊藤さんは、詩人であり著述家であり、女であり妻であり、母であり祖母であり、そのすべてであって、渾然一体というか未分化というかカオスというか、ともかくそういう存在のように思う。いろんな著作を片端から読むと、ある意味では非常に原始的だし、ある意味では非常にアヴァンギャルドだし、ある意味では非常に世俗的だし、ある意味では聖母マリアのようだし、ある意味では非常に淫蕩だし、ある意味では非常に正直だし、ある意味では非常に自由であって、ある意味では非常に不自由であって、ある意味では非常に不覊奔放であって、と思うと、非常に拘束されているところもあり、シャーマンのようでもあり、いかがわしくもあり、都会的でもあり、すこぶる野蛮でもあり、無頼でもあり、家庭的でもあり、無類に強いかと思うと、ふにゃりと弱いところもあり、万物放下一所不住的であるかと思うと、妙に教育的でもあり、破壊的でもあり、憎たらしくもあり、可愛ゆくもあると。こういうあらゆる人間存在の在り方のカオス的な等居とでも批評すべきものではないかと思う。そのカオスを丸ごと飲み込んでいるのがこの伊藤比呂美であると私なりに思った」と、現代詩を思わせる言葉の連なりで詩人を称えた。
嵐山光三郎氏
続いて嵐山光三郎氏は、「伊藤さんは懐かしくて恋多き詩人で憧れの女性。二二歳の時に現代詩手帖賞を受賞されたが、恋人だった西成彦さんを追って戒厳令下のワルシャワで暮らし、帰国後、彼が熊本大学に就職したので熊本に行った。それが熊本との縁になった。よく、2S(詩と小説)2H(評論と翻訳)と言うが、それに1J(人生相談)があって、伊藤さんの人生相談は〝熊本の比呂美か京都の寂聴か〟と言われている。近作で凄いと思うのは『切腹考』。切腹マニアの血みどろの切腹ショーを鮮やかに描き、そこから森鷗外の話に入っていくという見事な構成になっていて、彼女の最高傑作の一つ。伊藤比呂美は、百人力のパワフルな詩人であり、六四歳でまた帰ってきた、非常に世俗的なかぐや姫である」と評した。会場には伊藤比呂美さんの教え子や友人知人も大勢集まり、会場を移して賑やかな懇親会が催された。
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