【横尾 忠則】不安と愉しみ、気持ち悪さ、神の心に近い創作|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2019年10月28日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

不安と愉しみ、気持ち悪さ、神の心に近い創作

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『芸術ウソつかない』中国語版(文化 展出版社)
2019.10.14
 〈駅ノ改札口ヲクグロウトシタ時、構内ノスピーカーカラ安倍首相ガ、日米同盟関係ヲ破棄シテアメリカト開戦スル声明ヲ発表、天皇モ承諾サレタト言ウラジオノ臨時ニュースガ流レタ〉。個人的な夢が大半で、このような社会的な夢はほとんど見たことがない。

〈西脇ノ商店街デ着物姿ノ大島渚サント会ウ。大島サンハ「ソノ後映画ハドウデスカ?」ト聞カレル。「一度主役ヲ演ルト、主役以外ノ映画ニハ興味ナイデスネ」ト冗談ヲ言イナガラ笑ウ。大島サンモ一緒ニナッテ笑ウ。横ニイタ長男ガ大島サンノ頭髪ノポマードノ匂イガ気ニ入ッタノカ、化粧品店ヘ向ウ〉

終日雨。散歩がてらに外食と買物をかねて小雨の街へ。皆んな忙しそうに目的のために歩いているが、ぼくみたいに無職の人間は、この中に何人位いるのだろう。他人と区別された存在でいることは実に快適だ。
2019.10.15
 何もしない日が延々続いているので、気分転換にアトリエの模様替えをする。スタッフはぼくと違って手際よく、整理して、心理的なスペースを作ってくれる。変化を求めたい時は環境を変えればいい。絵まで変わる。変える努力など全く必要ない。一種の自然治療だ。
2019.10.16
 何ケ月も休載していた東京新聞の瀬戸内さんの人物エッセイの挿絵を突然頼まれる。担当編集者が文化部から社会部に移るので最後の置き土産で、人物は瀬戸内さんの秘書のまなほ君。二人のツーショットを描く。
2019.10.17
 オリンピックのマラソンと競歩が札幌に変更とか。今さらいじくり廻して余計なことはしない方がいい。

カルロス・サンタナが来年のミラクル・ツアーのプロモーション・イメージにぼくの過去の作品を使用したいと。なんだかんだとサンタナとのコラボは40年続いている。
2019.10.18
 中国の出版社から対談集『芸術ウソつかない』の翻訳版が出たといって、送ってくる。下手糞な装幀だ。だけどこのタイトルは、どうもウソっぽいので、「芸術はウソをつく」にすればよかった。

ちょっと体調がトロイ感じなので、絵を描くことでシャキッとさせる。絵はやっぱり主治医だ。
2019.10.19
 あほらしいほどくだらない、どうでもいい夢を見るが、記述するほどの価値もない。

昨日の続きの絵を描く。作品が大きいのでキャンバスの前で立ったり、しゃがんだり、後に引いたりするだけで汗が滲む。絵が肉体的というのはそういうことを言う。肉体を動かしながら創造するので、妙な観念や言葉は出る幕がない。

昨日の続きの絵は、自分でもあまり見たことがない変な絵だ。自分には特定の様式がないので、こうした突然変異的な科学反応を起こす。無計画で進行するので不安と愉しみが同居したやりっぱなし、描きっぱなしのいいかげんさがあっていいもんだ。ここには職業意識が消えて趣味が強調される。趣味というのはどこか気持ち悪さがある。この気持ち悪さは人間の心に反しているように思うが、一方、神の心に近いんじゃないかとも考える。
2019.10.20
 病院にかかっている期間中は薬に頼っているが、病気終息以後は薬に代って栄養で体力をつけるように方向転換をした。肉の摂取量をうんと増やして、うなぎを食べる回数も増やす。肉はなるべくステーキがいいのは、生に近いからだ。本当は生肉がいいらしい。当然野菜も必要になる。絵も薬だと思って、肉とうなぎに負けないように沢山描こう。

それにしても成城は驚くほど美味い食べ物の店が驚くほど少ないことに驚く。

世田谷美術館の酒井忠康館長が、折に触れて描いて下さった作家、作品論が『横尾忠則さんへの手紙』(光村図書出版)と題して出版された。外から眺められた自分はこんな風に見えているんだと眺めるいい機会を与えられた。(よこお・ただのり=美術家)
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