ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア 書評|松原 広志(成文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア 書評
同時代の作家らとの交流と論争
ロシア思想史研究の水準を押し上げる

ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア
著 者:松原 広志
出版社:成文社
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ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア(松原 広志)成文社
ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア
松原 広志
成文社
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 イヴァーノフ=ラズームニクは、帝政ロシアとソ連を生きたナロードニキ主義の知識人であり、すでに本書の著者によって回想記『監獄と流刑』の邦訳が出ており(成文社、二〇一六年)、さらに大著『ロシア社会思想史』上・下の邦訳も出ている(佐野努・佐野洋子訳、同、二〇一三年)。日本で決して知名度が高いとは言えなかったイヴァーノフ=ラズームニクの大著の邦訳書が、このように立て続けに出てきたことは記念すべきことであり、さらに今回、屈指のイヴァーノフ=ラズームニク研究者である松原広志氏による本書が出版されたことは、日本におけるロシア思想史研究の水準をさらに押し上げるものである。

イヴァーノフ=ラズームニクの思想(ゲルツェンの系譜を引く倫理的個人主義、メシチャンストヴォ=小市民性との闘いなど)や遍歴は前期邦訳書によってもある程度伺い知ることができるようになったが、本書の特徴は、同時代の作家、文人、知識人などとイヴァーノフ=ラズームニクとの知的交流、論争を跡付けたところにある。しかも単に文学的談義に明け暮れたというのではなく、生きてきた時代が時代だけに、とりわけ第一次大戦勃発に際しての「反戦か祖国防衛か」をめぐるプレハーノフらとの見解の相違などの部分は、ひじょうに読み応えがある。かつて第二インターナショナルに集った欧州の社会民主主義者が自国の参戦に賛成投票を投じていったことにレーニンが驚愕し、「革命的マルクス主義」に向かったことは比較的よく知られているが、本書におけるように、ロシア国内におけるリベラル派やネオ・スラヴ的メシア主義、社会主義者らの「祖国防衛」の論拠や、それらとは袂を分かつイヴァーノフ=ラズームニクの論拠の差異を伺い知ることができる機会はあまりないだろう。それらのことは現代に生きる私たちにとっても無縁なことではなく、依然として世界中で続発している武力衝突や軍事介入に際して、反対するにしても正当化するにしても、様々な口実、論拠がみられ、似たような論法が形をかえて繰り返されてきたことがわかる。

また本書補論に出てくる「生の意味」や社会主義における進歩主義をめぐる論争は、今日となっては、一見、時代錯誤的に思えるが、実は今日においてこそAIの進歩も相まってイヴァーノフ=ラズームニクが言う「弁人論」(人間の擁護)が、社会主義や共産主義が理想とされていた時代以上に問われてしまうのである。

イヴァーノフ=ラズームニクは、ロシア革命後、短期間ながらボリシェヴィキと連立を組みながらブレスト講和をめぐって反乱を企てた左派エスエルに一時期関係していたこともあって、一九一九年にはさっそくチェーカー(政治警察)に逮捕されているが、彼と知的交流のあった知識人達がそうしたように出国を選んだり、またそれを余儀なくされたりしたのでもなく、国内に踏みとどまっている。著者もいうように、いわば「国内亡命」者であり、それはおそらく本書でも触れられているようにイヴァーノフ=ラズームニクの知的起源としての一九世紀の革命思想家ゲルツェンとその後のナロードニキ主義の影響もあって、西欧ブルジョア文明のもとで暮らすことを潔しとしないからでもあろう。ロシア革命後アンドレイ・ベールイらが編集した論文集のタイトルともなった「スキタイ人」というアイデンティティがそのことを物語っている(これについては、かつて青年マルクスが「幸いにもわれわれドイツ人はスキタイ人ではないが」と、今からみると幾分エスノセントリックな発言をしていたのが思い出されるが)。

そのうえでイヴァーノフ=ラズームニクは、ソ連国内での生活という苦難の道のりを選んだのかもしれないが、その彼も、戦争という不可抗力の下で、第二次大戦中、レニングラード包囲戦に巻き込まれて、結局、ドイツ占領下のポーランドの移住者用監視収容所に移送されている(はからずも彼は帝政ロシア、ソ連、ナチス=ドイツの監獄、収容所を体験したことになる)。しかも戦争終結間際には、難民となってドイツに辿りついている。一時期は米国のサンフアンシスコ移住も取り沙汰されたという。しかし病に倒れ、帰らぬ人となった(一九四六年七月)。

とはいえ、彼はどこに移住していても結局、安住の地はなかったであろう。本書のタイトルにもあるように、彼のインテリゲンツィヤとしての運命が、ソヴィエト=ロシアでもナチス=ドイツでも、欧米でも、安住を許さなかったからである。
この記事の中でご紹介した本
ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア/成文社
ロシア・インテリゲンツィヤの運命 イヴァーノフ=ラズームニクと20世紀前半ロシア
著 者:松原 広志
出版社:成文社
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