敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉 書評|長原 豊(航思社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉 書評
萩原朔太郎と「戦後日本」
―何故「戦後」なのか―

敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉
著 者:長原 豊
出版社:航思社
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 まず表紙のタイトルに眼を留めてみれば副題に「戦後日本」の文字が確認できる。続けて目次を開けば、三島由紀夫や谷川雁、藤田省三などの名前と並んで、ちょうど本書の真ん中あたりを占めるのが萩原朔太郎論だと知れるのだが、ここで読者は「はて」と首をかしげるだろう。通例に倣ってとりあえずは第二次世界大戦または太平洋戦争後を指すと思しい「戦後」を迎えることなく萩原朔太郎が没していることはだれもが知る紛れもない事実だからだ。一章が割かれたニーチェ論はさしあたり措くとして、何故朔太郎論が「戦後日本」を主題のひとつとして纏められた長原豊氏の新著の真ん中に置かれているのか。別言すれば、この著書において「戦後」とはなにか、あるいは何故「戦後」なのか――かくなる問いが本書を手に取るやすぐさま頭をもたげることとなる。

もちろん、当の「余白と置字――萩原朔太郎の球体」はあくまでも補論と称されており、読んでみればなにより北川透の朔太郎論が参照されているばかりか埴谷雄高の名前まで出てくるわけだから、なにも本書の副題に照らしてこの補論が収録されていることに殊更留意する必要はないと受け流す向きもありうる。だが、この著書にあって朔太郎の位置は、「戦後日本」の思想家や詩人を論じた『敗北と憶想』に紛れていても構わない、だからなくても別に構わないもの、消極的とはいわずともおまけのごとく付け加えられた、北川や埴谷との接続に免じて鷹揚にその存在を認めておけばそれでよいものなのだろうか。読み進めながらもこの疑問に対する確たる手応えを得られないまま、本書の最後を締めくくるこれまた補論である黒田喜夫論に行き当たる。評者の場合これを読み通したとき――遅ればせながら、ようやく――『敗北と憶想』における朔太郎の位置がはかられてきた。


「雑業の遺恨――黒田喜夫と「ぼく」」で長原氏とその父の逸話もまじえて記されるとおり、「当時の農家では、次男以下の男児は家を出る定めにあったすべての娘たちと同等――あるいはそれ以下――の存在だったのであり、家族労働力の完全(むしろ過剰)燃焼によってようやく支えられた当時の農家にとって、猫額代の田畑が支えることができる家族の頭数は限られていた」。だから黒田は父の死後故郷に出戻った母のもと、「百姓以下の貧者の子供、他所者としても扱われた」ところの、「「村」とその「土」が、まさにそのあらかじめの非在として輩出した「農村雑業層」という〈員数外Surnuméraire〉」であるほかなかった。黒田がこの「始原の遺恨」に拘泥した詩人であるのは知られている。一方、「子沢山の水呑百姓」を祖父に持つ「四男か五男」として出生し、長原家の冷遇された長女のもとに婿に出されて満州に渡り、敗戦後に引き揚げ、やがて七二年の日本列島改造論に棹差し不動産業に転身するや、「彼が生まれ育った「村」の「土、しかも農地」を「みずからの所有権の許に置き(私的に再領土化し)、しかもほぼ大方の場合それを整地し「宅転」したうえで、売り飛ば――脱領土化――した」父に、著者は黒田の「分身」を見る。

翻すに、朔太郎にはもちろん「戦後」でなく「近代」の語が付されている。その主体はジャック・デリダ謂うところの自己聴解に貫かれていると捉える著者は、端的にかの『氷島』において「朔太郎は、まさに他者に開かれてあるがままに主体である余白の充填において近代である自己―同一を完成し、そうすることでありうべき交換である他者を余白から排除し、その見返りとして〈私〉という閉域の安堵を得ただろう」と指摘する。医者である父からすれば学業を疎かにして遊び惚ける馬鹿息子だったとしてもその名が示すとおり長子ではあり、しかしまた「漂泊者」でもあった朔太郎はこのときいうなれば「再領土化」を果たしたのだ。日本語において口語自由詩ひいては近代詩を切り拓いたこの長子を真ん中に据えたとき、本書において、「四男か五男」や「娘」に田分けを施すタワケはおらず彼/女らは排除される定めにあることと、「近代こそが、朔太郎という詩的余白の充填を完了したこと」とは極めて近しい事態として現われる。実際、雑業層の「遺恨」が晴らされるのは、「必ず「村」の革命でなければならないという謂われはない」のであってみれば、その「瑕疵存在」を「あらかじめの不在」とする奪還もしくは破壊すべき場所を「氷島」と呼んでもいいのではないか? 

かくして、本書の副題に掲げられた「戦後日本」がなにを指しているかを幾許かなりとも示すことができる。それは朔太郎が生きていた時代と単線的な前後をなすものでなく、「四男か五男」か、さらに性別も問わず員数外の者たちの「遺恨」を晴らすかの姿勢を「戦後」と呼ぶ。したがって「戦後」においても長子的な「近代」が過去と化したわけではないし、まして超克されたのでもない。むしろ両者はともに「戦後日本」のなかにおり、そこにあってはあらかじめ「〈余白である主体〉の最終的な譲渡=外化」を強いられた「瑕疵存在」が既につねに充填された日本――父を殺したとてその座を占めることも相続することも叶わない――に「遺恨」を抱え、終わらない「復讐」に明け暮れるのだ。


急いで本書の本題にあたる「敗北と憶想」についても触れておけば、「憶想」は主に小林秀雄論に、「敗北」は――「戦後日本」とのかかわりからいってジョン・ダワーへの批判的な言及が複数の章に読まれるなど、ほかに幾つも確認できるものの――もっぱら吉本隆明論に拠っており、このふたりも著者にとって重要な論述対象であるのは疑いない。けれどもその詳細な読解を踏まえたうえで、あるいはその読解において、吉本に関してはその「敗北」が「七〇年安保「後」にも繰り返された同様の、だが、もはや回帰することのない後退戦の作業、消費を顕揚する最終的な転轍」、すなわち「コム デ ギャルソン的な都市雑業層(的な言説)への自然な横滑り」に逢着することをまさしく「敗北」として著者は認めているし、小林論の最後には、「マルクスを正しく諒解した小林は、それゆえにこそ、この〈ポスト六八年〉において、歴史叙述においてより深刻に「不安定な場所」を生み出す可能性をも危うく提示している」ことが指摘される。歴史叙述におけるより深刻に「不安定な場所」とは具体的に「九〇年代に登場した歴史修正主義」を念頭に置かれた言にほかならない。

黒田喜夫の「分身」であり、またそこに「戦後」の姿を認めた父とは一度、「村の家」における孫蔵と勉次のごときやり取りを経験しているとも記す著者はこれからはたして「〈ポスト六八年〉」をいかに論ずるだろうか。ひとつ確実なのは、それは「順わず彷徨う新たな雑業層」が蝟集している「いま」と切り離せないことだ。
この記事の中でご紹介した本
敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉/航思社
敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉
著 者:長原 豊
出版社:航思社
以下のオンライン書店でご購入できます
「敗北と憶想 戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉」出版社のホームページはこちら
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