危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル 書評|野村 喜和夫( 思潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル 書評
「弱い力」を解き放つ
テクストが未来を先取りするものであるとしたら

危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル
著 者:野村 喜和夫
出版社: 思潮社
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 毎年、三陸海岸の街を訪れるようにしている。岩手県宮古市の田老地区もそうした街のひとつだった。津波で壊滅的な被害を被ってきた田老には、総延長二四三三メートル、「万里の長城」と呼ばれる長大な防潮堤が築かれ、海外にも知られていたほどだったが、その防潮堤も東日本大地震の津波を防ぐことはできなかった。防潮堤を超えた津波が一瞬で街を呑み込む映像を見ながら、私は言葉を失った。

比喩でも何でもなく、言葉を失うということを経験したとき、最初は言葉の無力さに打ちのめされた。だが、被災地を訪れるたびに、言葉こそが求められているものであることを強く感じざるをえない。大震災から八年が過ぎても、三陸海岸の街は、いまだに盛土をした工事現場のような景色ばかりが広がっていている。そして、そこに暮らす人たちが何よりも望んでいるのは、自分たちの話を聞いてもらうことなのだ。記憶の風化に抗うために。

文芸に携わる者は、どう語るかばかりに気を取られがちだが、そこで必要とされているのは、語る力ではなく、聞く力なのだ。

一冊の詩集あるいは一篇の詩について語ることもまた、いかに詩の言葉を聞き取るかから始まるのではないだろうか。野村喜和夫によるこの詩論集も、まさに聞く力によって生まれた一冊と言うことが出来るだろう。

本書は二〇一〇年代に時評として書かれた批評を集成するものである。では、二〇一〇年代とは、詩にとってどのような時代であったのか。著者は次のように要約している。

「詩の空位の時代であるかもしれないいま、むしろ全体性という圧力から逃れた言葉が、その『弱い力』を解き放つ過程。われわれの現代詩はそのように始まっている」。

今、詩の権能が持ちうるのは「弱い力」でしかなく、それをどのように解き放つかが問われている、そんな時代。そうした状況の背景には、高度に情報化された今日の社会のなかで、サブカルチャーのマス・カルチャー化や表現メディアの多様化、電子イメージの跳梁とリアリティの変容があることを著者は指摘しているが、それは詩のみならず、旧来のハイ・カルチャーが晒されている状況にほかならない。およそ絶望して、しかるべき状況だが、しかし、野村喜和夫は、決して「弱い力」を手放そうとはしない。詩は、もはや無力なのか。そうだ。しかし、無力のなかに秘められたものがある。著者はブロツキーの「詩は私が書くのではありません、未来の言語が私の手に到来して書くのです」という言葉を引いて、現代の閉塞感に亀裂をもたらそうとする。あらゆるテクストは過去に書かれたものの書き換えであるという二十世紀的な通念を倒立させるように、もし、今、書かれつつあるテクストが未来を先取りするものであるとしたら。そこにこそ、「弱い力」を解き放つための契機があると著者は考える。示唆に富む考えだと思う。

本書では、実に丹念に若い世代の詩も取り上げられ、時代のなかでの位置づけが試みられている。ここまで一冊、一冊の詩集に付き合う真摯さには驚きさえ覚えるが、特筆すべきは、若い世代からは絶大な支持を集めながら、年配の詩人たちには、およそ理解されていないようにしか思えない広瀬大志と小笠原鳥類についての論及だろう。モダンホラーを詩で実現する広瀬大志、無数の動物を呼び込んで主体の同一性の惑乱を生きる小笠原鳥類の詩は、その存在自体が、二十世紀と二十一世紀を分かつものかも知れない。

野村喜和夫は、二〇一〇年代の詩に、多かれ少なかれ東日本大地震というカタストロフが介在していることを指摘し、「あとがき」で「言葉だけが、失われていないものとして残りました。そうです、すべての出来事にもかかわらず」というパウル・ツェランの言葉を引用している。残された言葉とは、どのようなものだったのか。その探求は、いまだに、未来の課題なのだが。
この記事の中でご紹介した本
危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル/ 思潮社
危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル
著 者:野村 喜和夫
出版社: 思潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「危機を生きる言葉 2010年代現代詩クロニクル」出版社のホームページはこちら
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