銀河の果ての落とし穴 書評|エトガル・ケレット(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

銀河の果ての落とし穴 書評
地球という落とし穴
いまのところまだここから脱出できない僕たち

銀河の果ての落とし穴
著 者:エトガル・ケレット
翻訳者:広岡 杏子
出版社:河出書房新社
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 イスラエルの作家、エトガル・ケレットによる小説集『銀河の果ての落とし穴』には二十三の作品が収められている。サーカスの大砲で飛ばされたり、父親がウサギになったりするなかで、全体を通して印象に残るのは登場人物たちのささやかなたくましさだ。

客観的に見てあまりよくない状況であっても登場人物にとってはそれがやすらぎであったりする。小説という環境に登場人物たちが順応しきらないことで、多くの作品に不思議とあたたかい余韻が残る。いったいなにがしあわせになるかわからない、どれだけ悲惨なことが起きていても主観的にであればしあわせを見つけることができる。

現実と同じように日常的に戦争やテロが起きているこの本のなかで、あくまで彼ら彼女らの問題は自らや身近な人間たちのあいだにある。

「トランプ大統領が三期目に入った一年後に設立された」十四歳以上の少年たちからなるオーバー14部隊を描く「フリザードン」では、米軍の戦略により、ポケモンGOによく似た「ピトモンGO」の限定版が戦場にだけ現れる。それをゲットすることが「おれ」の志願の決め手になる。その軽やかな筆致には笑ってしまうが、彼が可笑しいというわけではない。

この本ではそうした、パッと見は変かもしれないけれどだれもが持ち得る欲や虚勢や情けなさ、経験していておかしくない感情が、状況の過酷さよりも前面に押し出されて描かれる。事件や悲惨な出来事に生活が覆われないようにしている。それはやさしさであると同時に、楽観的で残酷なものでもあるだろう。だからこそ、そのなかにある寂しさや歪さが光って見える。

エトガル・ケレットの小説に出てくる幼い子どもは空気を読まない。奔放で、辛辣なことをいう。屋上に立っている男に「ほら、今だ! とっとと飛べ!」と子どもが叫んでも、「たしかに、かわいい」(「とっとと飛べ」)。かわいいのはきっと、社会にいわされている言葉ではないからだ。逆に、大人が同じような言葉を発すると、否応なしに社会と繋がってしまう。

表題作では、「銀河の果ての落とし穴」という脱出ゲームのスタッフとクレーマーのやりとりが描かれる。あいだに別の小説を挟み、ふたりのメールの文面が本のなかに差し込まれるようにして進行していく。このクレーマーは日本にも世界中のどこにでもいそうな人物で、たった数回のメールに現れる攻撃的で傲慢な感情を通して、それに覆われている地球という落とし穴が描かれる。こういった作品がなければ、地球に住んでいて、いまのところまだここから脱出できない僕たちにとっては穴が大きすぎて、そのなかにずっと落ちたままでいるのだとなかなかうまくは気づけない。
この記事の中でご紹介した本
銀河の果ての落とし穴/河出書房新社
銀河の果ての落とし穴
著 者:エトガル・ケレット
翻訳者:広岡 杏子
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「銀河の果ての落とし穴」出版社のホームページはこちら
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