チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学 書評|小川 さやか (春秋社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学 書評
誰かの気まぐれによって必ず生きていける分配経済のユートピア

チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学
著 者:小川 さやか
出版社:春秋社
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 こんな人類学があるのか、と目を開かれた。快著だ。チョンキンマンションとはいかにもユーモラスな音だが、漢字では「重慶大厦」。香港の目抜き通りに位置する建物で、一、二階には各種店舗やレストランが並び、上に安宿がたくさん入っている。商売のために香港に来たタンザニア人も、たくさん住んでいる。タンザニアの零細商人たちの行動を、みずから行商人になって研究してきた著者が新たなフィールドに選んだのが、この香港におけるタンザニアの飛び地だった。最初に出会ったのは「チョンキンマンションのボス」を自称する中年男カラマ。「難民」として香港に入り、不法就労しつつアフリカ諸国との中古車ビジネスを開拓した彼に密着しながら、人類学者はかれらの経済活動とその背後にある考え方を観察する。

カラマと周辺の人物像に、たちまち引き込まれる。調子がよく、どこに行っても我が物顔、グータラだが人当たりはよく、いつも何かを企んでいる。Instagram などのSNSのヘヴィーユーザーで、動画や自撮り写真をアップしたりコメディ動画を見つけて人に見せたり、毎日かなりの時間を費やしている。怪しいやつ。だが一方でタンザニア香港組合の創設者でもある彼は、困った同胞たちの面倒をしっかりと見る。突然死した知人の遺骸を本国に送るためにみんなからお金を集め、連携プレーを組織する。その助け合いぶりは感動的ですらあるが、話はわれわれが美談扱いできるほど単純ではない。まさにそこからが、人類学者の出番になる。

全員がみずからの起業家であり、つねにビジネスの機会をうかがっているかれらが依拠する倫理と論理はいったいどんなものか。無理はしない、他人の事情を詮索しない、何事も「ついで」の精神で。誰も信用せず、状況に応じて機敏に行動し、うまくいくこともいかないこともある。SNSを使って「TRUST」とかれらが呼ぶ非公式の仕組みを作り上げ、取引、送金からファンディングにまで利用する。われわれがつい人生の原理としたがる閉ざされた互酬性などなく「不定形で異質性の高いメンバーシップにおいて、誰かに負い目を固着させることなく、気軽に無理なく支援し合う」ことをめざす仕組みが、現実に中国とアフリカ諸国を密接にむすぶ。

「私は、贈与によって誰かに負い目と権力が生じるのが嫌なのだ」という人類学者の言葉に感動した。だって日本社会の大きな部分が、そんな互酬性の厳格化により人心を支配してきたのは明らかだから。香港のタンザニア人たちのジェットコースターのような暮らしを見ながら、われわれはついそれを「目的地に至る旅の過程」と思い込んでしまうだろう。だが著者はこう思い直す。「日々の営み自体に実現すべき楽しみが埋め込まれていれば、一生を旅したまま終えても、本当はかまわないのだ」と。

「誰かの気まぐれによって必ず生きていける分配経済のユートピア」を夢想していると彼女はいう。それは確実に、この冷たくよそよそしく楽しくない現代日本社会の対極だ。
この記事の中でご紹介した本
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学/春秋社
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学
著 者:小川 さやか
出版社:春秋社
以下のオンライン書店でご購入できます
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