美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア 書評|美学校(晶文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 芸術・娯楽
  5. 美術
  6. 美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイアの書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月26日 / 新聞掲載日:2019年10月25日(第3312号)

美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア 書評
美学校の美学
一見でなく百聞すべき、その熱気と困難

美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア
著 者:美学校
出版社:晶文社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 その門を叩いたことがなくとも、その名を知っているであろう「美学校」。一九六九年の創立当初、新宿にあった校舎は、一九七◯年に神保町へと移り、かつて講師であった赤瀬川源平がデザインしたロゴとともに、現在まで同じ場所で時間を重ねている。「僕は本当にダメな講師だった」という美術家・会田誠の「メモ」で始まる本書は、その一筋縄ではいかない半世紀の歩みを様々な関係者の言葉で編み上げたものである。

本書を、大学でも専門学校でもない美学校というオルタナティブな実験場の歴史を知るための芸術書として、時代の流れの中で紆余曲折(実質的には三度の倒産)があっても継続しているアートスクール運営の指南書として、あるいは短くまとめられた多角的で濃厚な関係者の体験談によるエッセイ集として読むことも可能である。しかし、これらの言葉の節々に感じざるを得ないのが芸術の教育というアポリアだ。本書でもたびたび取り上げられているが、美学校は、初年度に開講された今泉省彦の表現論講座の募集チラシに書かれた「最高の教育とは、教える意志をもたぬものから、必要なものを盗ませるということになろうか」というあり方を基本構想としている。そこには、入学試験や年齢制限がなく受けることのできる教程において、ダイレクトに(無防備に)その道の最先端あるいは最深部へと接触させようとする「教育」がある。元受講生たちの寄稿文から、その接触面に強烈な刺激を受け、それに慣れていくことで、自身の道を切り開いたという事実を知ると同時に、きっとその刺激の強さにおののき、早々にリタイアした生徒もたくさんいたのではないか、とも想像する。そうした関係者それぞれが、まったく異なる側面を語りつなぐ、柔らかで冗談混じりの言葉に、うっすらとかかり続けている異常な圧のような気配に、この学校を成り立たせてきた熱気と困難を受け取ることができた。

それゆえ、教えることができるものと教えることができないもの、などという二元論の境界を取り払っていく「美学校」(「美」の学校、あるいは「美学」の校)を語る執筆者の中に、いわゆる学校案内のようにこの学校を推薦してくれる者は、誰もいない。そうした「学ぶ」ということにとどまらない思想的側面、すなわち講師も何を教えているのか、生徒も何を育んでいるのかとらえられない、という状態に真摯な「学校」にあるものは「縁」である。いやむしろ、その「縁」という大きな流れすら「毒」であるかもしれない、と注意を促す関係者の言葉に耳を傾けながら、「学校」という言葉が醸し出す「学ぶ」という先入観を捨て、「縁」によって既成概念が剥がれ落ちることが、たまたま起き、それをすり抜けた先にだけあったであろう「美学校の教育」という、それぞれの「経験」を、本書は十二分に伝えてくれる。思わず笑いがこみ上げ、胸が熱くなる。美学校を知るためには、一見するのではなく、百聞しなければならないのかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア/晶文社
美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア
著 者:美学校
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「美学校 1969-2019 自由と実験のアカデメイア」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
中尾 拓哉 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 美術関連記事
美術の関連記事をもっと見る >