倉橋健一 寄稿 最下層に向けて開く目――韓国の情況に屹立する金芝河 『週刊読書人』1974(昭和49)年10月7日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月27日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第1049号)

倉橋健一 寄稿
最下層に向けて開く目――韓国の情況に屹立する金芝河
『週刊読書人』1974(昭和49)年10月7日号 1面掲載

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第3回
朝鮮と日本の間の真の解放

〈もし日本の侵略がなかったら南北のたたかいは起らなかったろう〉といったのは森崎和江である(朝鮮断章2)。このもし日本の侵略がなかったら、という日本の直接の朝鮮支配への溯源が、そのままかたときもかわらぬまま、こんにちの朝鮮の情況をさしていることは、対日本と対朝鮮の対極を明澄にしたこの二つの朝鮮人詩人の文章が十分にものがったっている。つまり、私が韓国でみた民衆の自閉症は、異土にあってふたたびみたび私の胸に銃口として浴びせられていたのである。この無職の怨嗟が了解できなければ、徐勝の法廷を見守るのもほとんど日本人だけという、単調な抽象的な韓国の法の外側にあるもののもたらす、渦動のなかの負性マイナスにも気づかぬであろう。飛躍を怖れずにいっておけば、朝鮮と日本の間にほんとうに解放をもたらすものがあるとすれば、その朝鮮支配の根柢をなす、日本国天皇制に対峙しうるこんにち的思想を酷使することである。この思想のなかみの一点を抜きにしては、どのような韓国民衆の運動への加担も本質をもたぬであろう。




ここから
あそこまで
何もない

暗い
溝の上にも、月の光が落ちる石橋の上にも
このふしぎなほど美しい
吐く息が白くたちこめる家のなかにも
何ひとつない

真っ暗で
日のなかを逃走る銀貨に抑えつけられ
ねじれた四肢の、古びた夢のなかは真っ暗で青く染まる
脳のなかで死にゆく私の
私から道まで何もない。
(何もない・『黄土』渋谷仙太郎訳)

『五賊』『蜚語』などの抵抗詩で知られる金芝河について、私は処女詩集『黄土』の世界の心性をもっとも好む。この詩をめぐって、空の空なる意識というような内面的な把握では、しかしほんとうはこんにちの金芝河には似つかわしくないかも知れない。しかし「あとがき」にしるされている〈われわれの意識はうなされた状態にある。なかば眠りなかば覚めたまま、叫ぼうとするが叫ばず、きっぱりと覚めようと身もだえするが覚めはしない〉という数行は、自己表現としての暗い内面をも、同時に深々と語りかけているような気が私にはしてならない。たしかにあまたの人びとの恨みにみちた哭き声の、恨みの伝達者になろうというのが意識の原型であろう。でも金芝河にとっては、何よりもおのれの肉声がそのまま民衆の声なのである。
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