倉橋健一 寄稿 最下層に向けて開く目――韓国の情況に屹立する金芝河 『週刊読書人』1974(昭和49)年10月7日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月27日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第1049号)

倉橋健一 寄稿
最下層に向けて開く目――韓国の情況に屹立する金芝河
『週刊読書人』1974(昭和49)年10月7日号 1面掲載

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第4回
胃袋に達した〈民衆の沈黙〉

朴政権の大統領緊急措置によって、いわゆる民青学連事件の弾圧がおこなわれ、つぎつぎと極刑判決がくだされるという情況のなかで、朝鮮はふたたび明澄な日本についての責任を、私たちの総体にむけて問いつめつつあるように思える。金大中事件をウヤムヤにし、文世光のテロ事件では首相が弔問に出かけ、朝鮮総連弾圧要請にも耳を傾けるという日本の国家権力のゆくえと、日韓の政治的経済的癒着を廃し、朴政権の専制に反対する苦い熱をおびた決意によって、自らの体をもやし生命をとして立ちあがった青年たち、金芝河とその同志たちにむかう人々との、亀裂のまっ只中へである。
金芝河は九才のとき朝鮮戦争を迎えた、文字どおりの私たちの戦後民主主義の時代を生きえた、朝鮮の戦後世代であることに思いを馳せたい。私が印象した胃袋にまで達した民衆の沈黙の内部を、現実に所有することによって、言葉の自意識にまで駆りたてることのできる詩人である。という意味で、たったひとりの詩人として、たったひとりの民衆の全容こそを、私たちは金芝河を守るという代償をとおして守らねばならないのである。金芝河とその同志たちを救出せねばならないが、しかし私たちが法廷を見守ることはほんとうはありえないことである。その誤謬だけはしっかり自覚しておきたいものである。(くらはし・けんいち氏=詩人)
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