脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化 書評|レベッカ・M・ハージグ(東京堂出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月2日 / 新聞掲載日:2019年11月1日(第3313号)

脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化 書評
たかが体毛、されど体毛
社会、文化、ジェンダーとセクシュアリティ、人種や医療の視点から明らかにする「脱毛」という営為の歴史

脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化
著 者:レベッカ・M・ハージグ
翻訳者:飯原 裕美
出版社:東京堂出版
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 髪とか髭とか体毛とか(爪も)は、体から生えてくるもので基本的に身体の一部だ。しかし、生えてきたものをどう扱うかとなると、社会的・文化的な要素を帯びてくる。社会の中で女性か男性かを判断するとき、髪(長さや形)は大きな判断材料になるし、髭があれば男性だと判断してまず間違いない。つまり性別を見分ける目印(性別指標)として機能している。体毛は近くに寄らないと観察できないが、それでも濃いと男性的、薄い(無い)と女性的とイメージされる。つまり、髪・髭・体毛・爪などは、身体とジェンダー(社会的・文化的性)の境界領域に位置する。しかし、それらの本格的な研究は多いとは言えない。とりわけ、あまり目立たない体毛の研究は。

本書はアメリカの女性学・ジェンダー論を専門とする学者による、初めての本格的な「脱毛論」である。人は「ムダ毛」をどう認識し、どう処理してきたか、社会、文化、性、つまりジェンダーとセクシュアリティ、さらには人種や医療の視点から「脱毛」という営為の歴史を詳細に明らかにする。

序章の捕虜収容所における「強制的剃毛」の問題は意表を突かれる。第1章は体毛が少ない先住民への視線、第2章は体毛除去のための様々な方法、化学薬品の開発、第3章は進化論や性科学との関り。第4章で紹介されるX線照射による脱毛は衝撃的だ。二〇世紀初頭に登場し、高額で組織破壊の危険性が指摘され、禁止されても「闇」施術が続いたという。それだけ「白くつややかな肌」への渇望は強かった。第5章は生殖腺から出る性ホルモンとの関り、第6章は腋毛を剃ることを拒否したフェミニストとウーマン・リブ運動、第7章はブラジリアンワックスと股間(外陰部・肛門)の脱毛、それに伴う痛みの話。そして、第8章は画期的なレーザー脱毛法とその問題点、第9章は最新の遺伝子(RNA)に干渉する脱毛剤の開発を紹介する。

命にかかわる問題でもないのに「そこまでする?」というようなことが、過去・現在・未来とずっと続けられていることがよくわかる。著者は、過去一世紀の脱毛の歴史を「体毛のない肌の本質的な魅力をアピールしたり、女性を幼児化しようとする陰謀ではなく、アメリカの経済活動や社会生活における大きな転換を反映しているものだ」と結論づける。たしかに大局的にはそうかもしれないが、私には前者二つの側面もけっこうあると思った。

全体に研究書というより、各章ごとに設定されたテーマをノンフィクション風に追及していく叙述で、翻訳もよくこなれていて読みやすい。ただ、敢えて言えば、「アメリカの話」に終始しすぎている感はある。

本書でも指摘されているように、体毛については、人種によってかなりの差がある。メラニン色素を標的とするレーザー脱毛の場合、メラニンが少ない肌の白い人と、多い褐色さらには黒い肌の人とでは、状況(危険度)が大きく異なる。肌の色がちょうどその中間の日本人を含む東アジア人は、レーザー脱毛に最も向いている(危険が少なく効果が大きい)という話があるが、電車の中に氾濫する脱毛エステの広告を見るとその説も肯ける。脱毛が社会的・文化的なものであるなら、民族、国によって、様相が変わってくるのは当然なのだ。

また本書ではほとんど触れられていないが、男性から女性へ性別を移行する人(Trans-woman)にとって、髭だけでなく体毛の脱毛は大きな障壁である。個人差が大きく、私のように比較的薄い人は数十万円で済むが、広範囲に濃い人は数百万円、性別適合手術(性器を異性のそれに似せる手術)よりも費用がかかることがある。たかが体毛、されど体毛なのだ。なぜ、そこまでするかといえば、体毛が性別の印象、「男らしさ」「女らしさ」に大きくかかわるからに他ならない。そこらへんも少し触れてほしかった気がする。

ないものねだりはともかく、三四〇頁を越える大著であるにもかかわらず、面白く読めた。読みながら、私が子供の頃(一九六〇年代前半)は、母も祖母も、お手伝いさんも、身の周りにいる女性たちは皆、腋毛があったことを思い出した。日本人が、いつ、どういう経緯で腋毛を剃り、体毛を気にするようになったのか、どなたか調べてまとめて欲しい。
この記事の中でご紹介した本
脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化/東京堂出版
脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化
著 者:レベッカ・M・ハージグ
翻訳者:飯原 裕美
出版社:東京堂出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化」出版社のホームページはこちら
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