精進料理考 書評|吉村 昇洋(春秋社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月2日 / 新聞掲載日:2019年11月1日(第3313号)

精進料理考 書評
食事を通して自己と向き合う
つくる、食べる、片づけるまでの心構えを丁寧に解説

精進料理考
著 者:吉村 昇洋
出版社:春秋社
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精進料理考(吉村 昇洋)春秋社
精進料理考
吉村 昇洋
春秋社
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 私が精進料理について研究を始めたのは、以前勤めていた大学が古都鎌倉近辺にあり、歓迎会などで精進料理店を利用する機会が多かったことがきっかけである。それまでの精進料理に対する私のイメージは、「動物性食材を使用しない、僧侶の地味な薄味の食事」であったが、精進料理店で食事をいただくと、胃だけではなく気持ちまで大きな満足感に包まれることに気づいた。精進料理を科学的な見地から調べてみたいと思い精進料理と向き合った。

本書の著者である吉村昇洋氏は、曹洞宗の若い僧侶である。プロフィールを拝見すると、公認心理士、臨床心理士の資格までお持ちで、僧侶でありながらヒトの心について心理学的に学ばれた方である。また、精力的に全国を講演で飛び回っておられるとのこと、精進料理のイメージする「静」とは反対の「動」の方のようだ。

さて、本書をひもとくと、精進料理考は単なる野菜中心の僧侶の食べる食事の作り方や栄養価について解説したものでないということを申し上げておきたい。

「食事も修行」としてとらえる曹洞宗の教えに沿いながら、つくる、食べる、片づけるまでの心構えについて丁寧な解説が展開されている。さらに、私たち日本人が普段口にする「いただきます」や「ごちそうさま」の歴史についても書かれており、その言葉が持つ本質について再考する機会が与えられる。

このように、本書の前半は精進料理の礎を築いた道元禅師の、「普通は見過ごしてしまうような調理という極めて日常的な営みの中にこそ仏のありようを見出すこと」という教えに沿い、「調理という行為を今ここに在る自己をあるがままに見つめる実践」としてとらえることが述べられている。食事という修行を通して、「何にもとらわれない自由な思考と行動で生きようとする姿勢」を我々の日常に落とし込むことができると指摘している。食事を通して自己と向き合う考え方は斬新で、示唆に富む。人生の指針のような言葉がいくつも書かれ、言葉の一つひとつが心に響く。仏教の教えを一方的に押し付けるのではなく、食事を通して個人に向き合うことを進めるスタンスは大変心地よく感じることができる。

さらに読み進めると、中盤から「牛乳と仏教」という、かなり限定された話題へと展開する。ここでは、乳加工品のプロセス、生酥(しょうそ)→熟酥→醍醐の正体の謎に迫る。この謎を解くため、著者は膨大な文献を参照し、牧畜文化史まで言及しつつ、謎多き「醍醐」という乳加工品がどのようなものであったかについて探求する。醍醐に関わる文献は、仏教に関するものだけではなく、農学や畜産学分野にまで広がり、文献をもとに「醍醐」の作成を再現している自然科学的な文献まで及び、「醍醐」とは何かに迫る。ここでは前半に見られた仏教的教えに沿った食事の心構えなどは多く語られず、ただひたすら「醍醐」とは何かについて、多角的に紐解いていく過程が書かれている。論理的根拠をベースとし、徹底的に調べるという著者の研究者的な一面を感じながら、「醍醐」が活き活きと形を成し、知らぬ間に「醍醐」の謎ときに引き込まれていく。

以上ように、本書は様々な視点から「精進料理」について書かれた本で、今まで私が読んだ精進料理に関する本とは一線を画す。仏教や精進料理に関心や興味のない人にもぜひ読んでいただきたい。明日からの食事がきっと一味違ったものになることが期待できる。
この記事の中でご紹介した本
精進料理考/春秋社
精進料理考
著 者:吉村 昇洋
出版社:春秋社
以下のオンライン書店でご購入できます
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