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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年11月4日 / 新聞掲載日:2019年11月1日(第3213号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(30)

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「岡田隆彦にも頼んでみたらどうかな」と言ったのも中平さんだった。
「アジェ、ですか?」と私は聞いた。少し前に、岡田は「SD」(鹿島出版社)という建築と都市にフォーカスした雑誌に「アジェ論」を書いていて、私も写真関係の雑誌にはない異なった視点からの写真論に新鮮さを感じていた。

アジェについては大学の授業でチラッとその名を耳にした記憶しかなかった。その後、銀座・三原橋にあった明祐国際会館の図書室で、『世界写真全集』(平凡社)の中に滝口修造氏がシュールレアリスト達に影響を与えたアジェについての解説文を読んだきり。それよりも「SD」の岡田小論においてはじめてアジェの本質、それを敷衍して現代写真への警句と読める内容が当時の気分の腑に落ちた。そして、アジェを現代写真を詮議する時の基準にできるのではないかと思った。

中平さんが連絡を取ってくれて次の日には早速赤坂の坂上にある岡田宅を訪ねていた。

そして、書斎に通されてソファーに座るとすぐ新しくつくる批評誌にウジェーヌ・アジェについての論考を寄せてほしいとお願いをした。その時私の目は、岡田さんの背の壁にピンナップされた、反射光を発した白いスポーツカーとその手前に大きく写った少年の顔半分が収められた中平の写真に向いていたのかも知れない。

岡田さんは「いい写真でしょ。見飽きないし、毎日違って見えもするんですよ」と私の気持ちを見抜いたように言った。そして、「アジェですか。アジェに目を凝らすのはいま必要なことですね。それはそうと中平に聞いたんですが、あなたは吉増剛造の詩が好きなんですって? 若い人は吉増がいいって思うようだね」と言うので吃驚した。

岡田宅に伺うのはそれが二度目で、はじめは「日本読書新聞」の「顔」シリーズの時で、帰りに同人誌の「ドラムカン」をもらった時だ。現代詩に初めて出会った私は、その同人誌の中の吉増さんの詩にひかれた。その話を中平さんにも話したことがある。

岡田さんの話し方は皮肉っぽい口調が普段の言い回しだった。だからその時も「早く吉増には飽きてほしいなあ」と笑いながら、でもあまり困らせてもと言うように言葉を緩めて「で、締め切りまでの時間はどのくらいあるの」と本題に入ってくれた。
「二週間です」と言うと、間髪をいれずに「それは無理です。お断りします」と言う答え。しかしそのすぐあとにそこから話をこじ開ける方法も知らないんだと思ってくれたのだろう、「でも中平からぜひといわれているしねえ。時間ですね……、一ヶ月後、にしてください。ただその場合も、SDに書いたのを引き延ばすという内容でもいいですか」と言ってくれた。

さらに「まだ他の人にもこれから依頼をするのでしょう? いまから二週間でなんて言うとみんなに断られますよ。400字の原稿用紙50枚から70枚と言っていたね。結構な量ですよ。ずいぶん強気だ。ぼくも編集者をやっていたから分かるんだがもっとうまくやらないと」と心配すらしてくれたのだった。

文量は中平さんに示唆されたものだった。「20枚くらいだと手馴れた連中の間に合わせ原稿になるから、本気にならなければ書けない枚数を頼んだ方がいいよ」というアドバイスである。それは中平の編集者としての感覚だったのだろう。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)  (次号へつづく)
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