松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク 書評|桐原 健真(吉川弘文館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年12月16日 / 新聞掲載日:2016年12月16日(第3169号)

松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク 書評
読書に着目する新しい吉田松陰像への試み

松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク
出版社:吉川弘文館
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『松陰の本棚』という、いささか奇抜なタイトルの本である。ここには、著者桐原健真氏の吉田松陰研究に新しい風を吹き込もうとする意欲が込められている。
吉田松陰といえば、松下村塾を主宰して、明治維新の変革にむけて多くの人材を育てたことで知られる。維新の変革を推進した思想的キーワードは「尊王攘夷」であった。この点からみると、松陰は、尊王攘夷運動の先覚者ということになる。

ところで、このような松陰像は、松陰の没後に生起した歴史的事象やそれにもとづく価値評価をもとに、解釈的に構成された気配が濃厚である。二十九年という短い松陰の人生は、挫折の連続であった。また、思想的にも、幾度かの変化をみている。松陰の何が、彼をビッグネームとしているのかを明らかにすることは、決して容易なことではない。

本書の目指すところは、松陰の思想形成の歩みを、彼の著述の内在的分析解釈においてではなく、読書とその記録、さらには、書物を通じての人的ネットワーク作りに即して示すことである。本書の内容は、大要、三つにまとめられるであろう。水戸学の代表的文献である会沢正志斎の「新論」と松陰とのかかわり、松陰の獄中読書録である「野山獄読書記」の分析、そして、書物の貸借を通じての同志的連帯の形成である。

まず、松陰が、幕末期に大きな影響を与えた会沢正志斎の「新論」の入手に手間取っていることを示している。また、その「新論」に接しても直ちに「国体」篇にもとづいて「日本」としての自己像を描いたわけではなく、それは、東北遊歴の途次、水戸を訪問した際のことであるとする。「新論」を読むにしても、海防論書として読むのと「国体」篇に着目して「皇国」思想の書として読むのでは大違いであるというわけである。

次に、「野山獄読書記」によって、松陰の読了した書物の詳細な分析を通して、「新論」の評価の変化、そして、水戸学から国学への「転回」が生じていることを示す。このことの延長上に、松陰の最終的な尊王論は、「神勅」への絶対的な「信」にもとづく「皇統の不滅、皇国の不滅」という、新たな地平を開いているとするのである。

三つ目の内容は、周防三田尻の国学者岸御園、豊前小倉の国学者西田直養、長門須佐の育英館教授小国剛蔵との書籍貸借における交流である。この貸借の中には、松陰自身としては、実際に必要としなかったものも含まれているので、コネクション形成の作戦であった可能性を、著者は推測している。著者は、書籍貸借による同志的連帯の形成について、志という観念的な次元における共有は、書籍といった物質的な次元の関係を媒介としてこと具体化すると考えている。

以上が、本書の内容の簡略な紹介ということになる。本書は、吉田松陰の思想を、彼が読んだ書物を取り上げることで、思想形成を辿るものであり、この切り口によって、松陰の思想について明らかになったことが多々ある。その意味で、吉田松陰研究にとって大変貴重な成果である。

翻って、吉田松陰とは何ものであるかという問いを立てたときには、本書において、明確な像を見出すことはない。松陰は、本書において、懸命に読書する中で、「転回」を重ねていく人物としてあらわれる。それは、著者が、松陰をすぐれて「状況的存在」であるとする見解に与して、幕末日本という政治的社会的状況を映し出すサンプルとして考察する視角によるものである。
この記事の中でご紹介した本
松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク/吉川弘文館
松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク
著 者:桐原 健真
出版社:吉川弘文館
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