カール・ポランニー伝 書評|ギャレス・デイル(平凡社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月9日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

カール・ポランニー伝 書評
その生涯を分析的な観点から描く
四人の「ハンガリー亡命者」を軸にして展開

カール・ポランニー伝
著 者:ギャレス・デイル
翻訳者:若森みどり、若森 章孝、太田 仁樹
出版社:平凡社
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 本書は、カール・ポランニー(一八八六年~一九六四年)の生涯を分析的な観点から描いた評伝(原著は二〇一六年刊行)の邦訳書である。カール・ポランニーは没後半世紀以上が過ぎ、主著『大転換』(一九四四年)刊行から七十五年が経過しているが、今日でも比較的よく知られた経済学者である。二一世紀初頭にJ・スティグリッツが『大転換』新版の序論を執筆し、高く評価したためもあるだろう。国内外に多くの研究が存在する。

本書の著者ギャレス・デイルには、ポランニーに関する二冊の著作、多数の論文があるが、他にも国際政治や環境など、研究領域の幅広い射程をもつ。この強みも発揮した本書には、ポランニーの生涯を知るばかりでない多様な意義がある。ここでは紙幅の都合から、論点を絞って評してみよう。

まず確認したいのは、デイルが論考ではなく評伝というジャンルを選んだ意味である。それは、ポランニーの社会理論の中心部分に存在する矛盾や緊張を理解するためであった。またその矛盾や緊張を含めて、ポランニーが型破りの特徴をもち、誰に聞いても天才的で人を惹きつけたとされる人物であったことも、理由の一つであっただろう。しかしデイルは、ポランニーに限らず、そもそもある人の理論や思想が時代や家族、知人などの環境によって形成され、また環境に影響を与えて時代を形成すると考えた。それを把握する知性史的手法として評伝を位置づけたのである。やや逆説的にいえば、本書はポランニー研究のためのポランニー研究ではない。ねらいはむしろ、ポランニーを知的に形成した土壌が、人と思想、理論に関するこのような見方を育んだ様相を示すことにあった。そこでデイルは、カール・ポランニーとともに時代を生きた弟のマイケル・ポランニー、ジェルジ・ルカーチ、カール・マンハイムを含め、「四人のハンガリー人亡命者」を軸に本書を展開したのである。

ハンガリーに照準する点において、本書には、栗本慎一郎の『ブダペスト物語』(晶文社、一九八二年)と呼応する部分がある。たしかに、ハンガリー時代に親密であった三名との交流の個人史は、それ自体興味深い。マイケルにとって兄カールは幼少期には父親代わりであり、その後は兄弟ゆえの確執も存在した。ルカーチとは社会階層も近い家族ぐるみの幼馴染みであり、第一次世界大戦をきっかけに思想的に訣別したものの、互いを意識し続け、晩年には再会して旧交を温めた。マンハイムは、ドイツで早くに地位を確立し、ポランニーの不安定な境遇を折々に支えようとした。ただし栗本著が一九八〇年前後の人脈を生かしたインタヴューにもとづくエッセイであったのに対して、本書は二〇〇六年頃からの多数のインタヴューと大量のアーカイヴ・ワーク、そしてハンガリー語翻訳者を含む数名との共同作業をも踏まえた、忍耐強く綿密な研究書である。この厚い論拠は、英語文献だけを公然と扱うポランニー研究を後目に、多大な貢献を果たしている。さらに、栗本著をはじめ、これまであまりハンガリーの文脈で論じられてこなかったマンハイムの思想が、デイルのポランニー理解にとっては核心となっている。

マンハイムは『イデオロギーとユートピア』において、「自由に浮動する知識人層」が一定の公平性を保ち、分断された社会の統合に役割を果たすとして、その重要性を強調した。社会から根こぎにされ、生計の糧を求めてさまよう亡命知識人は、この階層の典型的な例であった。これはルカーチが『歴史と階級意識』において、抑圧されているが「普遍的」な階級と位置づけたプロレタリアートに希望を託し、この階級こそが、社会の分裂を克服して社会統一を果たすと考えたのと対照的である。かれらの語る社会統合、統一とは、社会主義の実現であった。そしてマンハイムにとって「ユートピア」とは単なる夢物語、絵空事ではなく、社会の現実を変える集団的行為を後押しする先取的、変革的な思想であった。デイルはマンハイムの考え方を適用し、「ユートピア」を希求したポランニーの生涯を通じて、改良主義的社会主義の思想を徹底的に考察した。そこに社会主義という「失われた世界」を描き出し、限界もふまえながら、特徴や論理を再生させることを試みたのである。

ハンガリー人亡命者としてのポランニーの思想は、第一次世界大戦とベラ・クンの革命による根本的な混乱と廃墟の時期に端を発する。デイルによれば、かれはここで、自然科学や技術の発展への無批判な信頼に疑問をもち、マルクスを含む科学的社会学や実証主義の立場を否定して、社会科学に道徳的、倫理的視点を求める方向へと転じたのであった。その後は時代の変転の中でさまざまな思想的、理論的進展があり、マルクス再評価の契機もあったが、道徳的、倫理的価値への依拠は一貫して保たれ、主著『大転換』にも通底することになった。『大転換』とは、ポランニーが大戦間期の自由主義世界の崩壊を目の当たりにしながら、政治経済の根底にある道徳的価値の観点から、市場システムによる経済や社会の組織は自然でも必要でもないとして、当時の大変動を分析したものであったと、デイルは位置づけている。

こうして本書はおもに研究者に向けられた、専門性の高い書物である。読書家が楽しんで読むには、詳しすぎてしんどいところもあるかもしれない。しかしそんな場合でも、随所に滲み出るポランニーの人間的魅力が、読者の目を先に進ませ、ページを繰る手を先へと進めてくれるだろう。デイルが指摘するとおり、現代世界においてポランニーの思想を再評価する気運が高まっている。権力への迎合を拒絶し、政党政治から距離をとりつつ、「左派メランコリー」を打破して改革への道を探る多くの人びとにとって、本書の刊行は希望の灯であり、よき道標となるに違いない。
この記事の中でご紹介した本
カール・ポランニー伝/平凡社
カール・ポランニー伝
著 者:ギャレス・デイル
翻訳者:若森みどり、若森 章孝、太田 仁樹
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
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