この名作がわからない 書評|小谷野 敦(二見書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月9日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

この名作がわからない 書評
ふたりの作家が奏でる 文学対談の協奏曲

この名作がわからない
著 者:小谷野 敦、小池 昌代
出版社:二見書房
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 音楽といえば、モダンジャズもいいが、クラシック音楽が好きである。今日の一冊、『この名作がわからない』は、ふたりの五回にわたる文学対談の協奏曲だ。

第一ヴァイオリンは、いまや作家で比較文学者として多数の著作をもつ小谷野敦である。小谷野氏のフィールドは、カナダの留学中に得られている。恩師は、川端康成研究家の鶴田欣也だ。第二ヴァイオリンを奏でる小池昌代は、詩だけではなく、書評、エッセイ、そして小説が円熟する詩人・作家だが、いまや引く手あまたの対談の名手である。

序章から五章に語られる内容は、器楽的な四つの楽章と終曲に付随するコーダと言ってよい。取り上げられた作家は、主なものだけでも、三島由紀夫と深沢七郎、フィッツジェラルドとテネシー・ウィリアムズとナボコフ、川端康成と谷崎潤一郎、そしてフランス文学のフローベールとロシア文学のトルストイ、チェーホフ、最後がドストエフスキーだ。海外から注目される日本文学と南北や移民問題の研究対象となるアメリカ文学、西洋近代と東洋社会の偏差として読まれてきたロシア文学の作品群への文脈がある。

「いくら世間で名作だと言われていたって、つまらない時はつまらない、といっていいのである」(序文解説)と、小谷野氏は、名作と世の知られている作品について、事実や歴史を根拠に、わからないものはわからないとし、つまらないものはつまらないと否定する。この否定の態度は、対象とする「世に知られた名作」を否定から肯定へと反転させるずらしの語りである。作家と作品に強度を与えるために、自らの経験から発言をする。観念的な言葉でわかったように語るのは「バカ」である。実感思想によるそうした私小説的な読みは、作品論から具体的な評伝へと嗜好する新近代主義を標榜する。特に注目するのは、比較文化的な江戸時代へのパースペクティブが背景にあることである。

ふたりの作家が、体験を通したまっさらな眼で、これらの名作を主人公や脇役、その文体や心理を洞察する。息の合った、掛け合いが展開されるのだ。トーカティブな小谷野氏が、否定の旋律を実直に奏でる。それを受容する小池氏が素直に伴奏して、自らの実感を吐露する。現代作家や小説、そして宗教にも言及がおよぶ大人の対話である。ふたりの私生活もいとわずに開陳された。「ロリータ」や「眠れる美女」の作品解釈もあるので、驚くべき脱線もある。「古今東西の名作を、若い頃から読みつくしてきたように見える彼は、いわゆる文学の専門家、学者であるが、同時に創作をする。彼の私小説はとても読ませるが、特徴があって、それは言葉を全く飾らない」(あとがき)と、対話者の小谷野敦を論ずる小池氏は、短編・中編の小説では、ポエジーある清浄な文章と自覚ある構造を視野にする作家である。

「この名作がわからない」と世間の常識を驚かせてみたい。ふたりの奏でる対談は、「名作」の読みへの真の意味でラディカルな、文学対談による音楽の時間である。
この記事の中でご紹介した本
この名作がわからない/二見書房
この名作がわからない
著 者:小谷野 敦、小池 昌代
出版社:二見書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「この名作がわからない」出版社のホームページはこちら
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