そっとページをめくる 読むことと考えること 書評|野矢 茂樹( 岩波書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月9日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

そっとページをめくる 読むことと考えること 書評
あの読書の愉楽へ
小さな指の動きとともに未知の世界に身を置き、目を開き、言葉に耳を澄ましていく

そっとページをめくる 読むことと考えること
著 者:野矢 茂樹
出版社: 岩波書店
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 心惹かれる書名だ。金井美恵子の絵本論のタイトル(『ページをめくる指』)が、ふと記憶の奥から誘い出されたりもしたのだが、小さな指の動きとともに未知の世界に身を置き、目を開き、言葉に耳を澄ましていく、あの読書の愉楽をさりげなく伝える。

「そっと」、「ページ」、「めくる」の言葉の並びに、何が含意されているのか。あえて簡約してしまうと、本を読むことのゆるやかな運動性だ。「そっと」には、情報だけを素早く入手すればよいといった、速読の気忙しい振る舞いはない。だからこそ、「ページ」を「めくる」指の動きに伴い、読むことの全身的な感応性が展開されるのだ。

本書は書評および読書をめぐる思索的エッセイを含め、五十五作ほどの本を取り上げているが、いずれもこうしたゆるやかな読みの実践によって、内面の運動感覚と呼応するように言葉が紡ぎだされ、本をめぐる清新な書録を実現している。言葉の表情をそっと辿り、いわば言葉を目で触っていくような読みの軌跡が、生き生きと読者に伝わってくる。これは著者自身、書評対象の本を通じて、読み方の反省と捉え直しから来ている面もうかがわれる。木村俊介著『インタビュー』の書評が一例で、最初はもたついている文章と思ったが、それが意図的であると気づいたとき、読み方が変わったと言う。そして「ついこちらの思惑にかなった分かりやすい言葉を拾おうとしてしまう私たちに、この本自身が、全身ではりぼて化を拒否しているのだ」と続ける。「はりぼて」とは、「短い言葉で言い切られ、コピーされ、増殖していく」ような「外見だけをとりつくろった情報」のことである。

全体を通じて言えることは、本書で紹介されている本も、それを論ずる書評のスタイルも、「はりぼて」の言葉を拒否している点だ。したがって、一つ一つの本のゆるやかな読み方がたびたび強調されている。ゆっくりした思考のテンポを取り戻すこと(飯田隆著『新哲学対話』)や、読書を料理になぞらえ、「ゆっくり、ゆったりと、その一皿を味わう」(メアリー・アン・カウズ著、富原まさ江訳『名画の中の料理』)といったように。

無名有名の書き手たちに関わりなく、心と共振する本への嗅覚を働かせた選択とその選んだ本の旨味を引き出すスタイル、やんちゃでユーモアのある、しかしまっすぐに本と向き合う語り口は、おのずと読書への魅力的な誘いとなっている。私自身、とりわけ心動いた本をあえて三冊にしぼって挙げるとすれば(すでに読んでいる本を除く)、寮美千子著『あふれでたのはやさしさだった』、石川初著『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』、小嶋独観著『奉納百景』であろうか。もし共通の理由があるとするならば、書評を通して、そわそわと心ざわめき、自分の問題意識と関心の方位がスライドし、揺れたことだ。

心ざわめいたとなれば、西原理恵子の四コマ漫画[じゃあね]だ。野矢茂樹の提示した問題に対して、熊野純彦が応答した文章に現われる(「『子どもの難問』を読む」)。これが我が身の癒しがたい「後悔」のように、しこしこと心の底に留まったまま消えない。読めば理由は誰でも判るはずだが、さて……。

宮澤賢治の「土神ときつね」の読解も試みられている。私自身、何度となく読み、アンソロジーに収載するほど思い入れのある作品なのだが(『この愛のゆくえ』岩波文庫)、いまもって納得のいく読み方ができた実感がない。野矢茂樹はこの作品を単に恋愛と嫉妬の物語として読むことを退け、細部の豊かな言葉の「相貌分析」(興味深い批評用語の案出とはいえ、正直言って、何か居心地の悪い印象もあるのだが)によるアプローチを丁寧に進めている。持論をあれこれ述べる余裕はないが、この問題作はどのような読み方も許容してしまう、したがって解釈の決着を宙づりにし続ける未了感のようなものがあり、そこに私は惹かれてきた。

ところで、まごうことなく言葉の巧みな使い手であったある翻訳家のこんな言葉も引用されている(東江一紀著、越前敏弥編『ねみみにみみず』)。「締め切りに間に合うような雑な仕事はしたくない!」。頭の中の暗がりにパッと共感の明かりがついたが、私としては「雑か……、そうだよな」と小声であれ、呟くわけにはいかない立場だ。幸か不幸か、この書評原稿はほぼ締め切りに間に合ってしまった。何やら、雑念が湧きだしてきた。
この記事の中でご紹介した本
そっとページをめくる 読むことと考えること/ 岩波書店
そっとページをめくる 読むことと考えること
著 者:野矢 茂樹
出版社: 岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「そっとページをめくる 読むことと考えること」出版社のホームページはこちら
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