光炎の人 上 書評|木内 昇(KADOKAWA)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月16日 / 新聞掲載日:2016年12月16日(第3169号)

光炎の人 上 書評
現代社会への重い問い掛け
技術の進歩・発展の光と闇を見据える

光炎の人 上
出版社:KADOKAWA
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光炎の人 上(木内 昇)KADOKAWA
光炎の人 上
木内 昇
KADOKAWA
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明治末から昭和初期にかけて、近代日本の発展を支えた技術にはめざましいものがあった。だが、この技術の発展は人々の暮らしを豊かにしたものの、同時に戦争にも利用されていくものでもあった。

本書は、明治34年(1901)から昭和3年(1928)にかけての時代の流れと重ね合わせて、技術は人を幸せにすると信じて人生のすべてを電気や電波の開発に捧げた男の物語である。とはいえ、一技師の研究開発の華々しい成功の物語ではない。技術の進歩・発展の光と闇をしっかりと見据えている。

徳島県山間部の貧しい葉煙草農家の3男に生まれた郷司音三郎は、明治34年、12歳の時に、町の葉煙草工場で刻み工となる幼馴染みの大山利平を見送りに行って、煙草の葉を驚く速さで正確に刻む大きな機械の魅力に取りつかれる。山を下りて葉煙草工場に勤め、その後、大阪に出て2つの伸銅工場で電気に触れて電気技術を初歩から独学で学ぶ。さらに大卒と学歴を偽って東京の官営軍需工場の研究員になるチャンスをつかみ、無線電信機の開発にのめり込んでいく。

電波や無線が軍事に使われ始めた時代で、音三郎は自分が開発した技術を実用化することに集中し、軍に関わるというのがどういうことかも途中から考えなくなってしまう。頭にあるのは常に技術開発のことだけで、恋人も結婚してからの家族も二の次であった。

大正12年(1923)11月半ば、真空管受信機が完成し、陸軍に製品として受け入れられた。当時、軍部の台頭を新聞各紙も警戒を強めていたが、音三郎は軍需工場の研究員として、軍部が今以上に力を持つことは望ましいことととらえて、ようやく完成に漕ぎ着けた真空管無線機に大きな舞台を与えたいという欲望が日増しに強くなっていった。

昭和2年2月、38歳の音三郎は満州で、関東軍からの要請で通信情報部の機器の設置や扱いを担当していた。そんな音三郎に中国人・楊が満蒙の発展のために音三郎の技術力を借りたい、と接近してくる。音三郎は大陸に無線網を作るという楊に真空管受信機と送信機の設計図を見せる。
光炎の人 下(木内 昇)KADOKAWA
光炎の人 下
木内 昇
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学歴詐称がばれて、軍需工場の研究員の名簿から音三郎の名前が削除された。落胆する音三郎に、利平が列車爆破のための導電線の被覆の製作を命じる。6月4日、音三郎は張作霖爆殺の秘密作戦に参加する。爆破の寸前、音三郎は頭の中に輝かしい将来を思い描いていた。今回の作戦で功績を挙げた技師として軍に重用され、潤沢な研究費を受けながら国家的開発を任される、という将来図である。この爆破場面だけでも40ページ余を費やされ、自らが開発した無線技術が軍事や満州国建設に使われていくことに無頓着な音三郎の様変わりが描き出されている。

だが、関東軍の計画が漏れて無線が傍受されていたのでは、と利平は関東軍駐屯地内の通信記録を調べ、音三郎の楊への電話記録を見つける。軍が密かに進めてきて計画を音三郎は他者に利用された、と利平は判断する。この後に、衝撃的な結末が用意されている。

無線の第一人者になることしか考えずに周りが見えていなかった音三郎、関東軍所属の軍人としてなすべき仕事を的確にこなすのが己の責務、と考える利平。同郷の幼馴染みの2人は、それぞれに歩んできた道のりの違いによって、生き方に大きな開きがあった。

主人公が技術の師匠として尊敬していた島崎老人の言葉「技術は常に功と罪を背負っている。使い方によっては悲惨な結果をもたらす」や大阪伸銅工場時代の同僚技師・金海の言葉「ひとつの技術が世に出ていくことの複雑さ。その技術が何に使われ、どう発展していくか、先の先まで見極めねば技術者とは言えない」は、結局のところ、音三郎の耳には入らなかったのだが、この2人の言葉が、3・11東日本大震災の原発事故以降の現代社会に重い問い掛けをなしている。
この記事の中でご紹介した本
光炎の人 上/KADOKAWA
光炎の人 上
著 者:木内 昇
出版社:KADOKAWA
以下のオンライン書店でご購入できます
光炎の人 下/KADOKAWA
光炎の人 下
著 者:木内 昇
出版社:KADOKAWA
以下のオンライン書店でご購入できます
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