生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか 書評|金子 直史(言視舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月9日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか 書評
残された命で書いた読書案内
著者のジャーナリズムの結晶をまとめた一冊

生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか
著 者:金子 直史
出版社:言視舎
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 共同通信社の文化部に金子直史という記者がいた。演劇や文芸を担当しながら、「広島」や「沖縄」の取材経験を踏まえ戦後日本を捉え直す大型企画に取り組むなど、縦横に活躍した。だが大腸癌に冒され2018年9月、58歳で帰らぬ人となった。死期を宣告され、残された命を振り絞って書いた30の読書案内記事と日記を死後にまとめたのが本書である。副題の問い掛けには、記者自身の苦悩が深く刻まれている。

最初の記事「『命の叫び』を画布に 戦没画学生慰霊美術館『無言館』」には、読書案内シリーズ全体の前文が掲げられている。「人は普段、いつもの平穏な日常が続くことを疑わない。だから思いも寄らない病や命の危険に突然直面すると、未来への不安、死への恐怖が避けようもなく広がる。そこで人の生、そして死は、どう見えてくるだろう。その問いに正面から向き合った文化人らの作品を読み解きながら、生きるための希望を探りたい」。ここから鬼気迫る連作が始まる。

この最初の記事に著者は、「若くして死んだ画学生の強烈な『生きたい。描き続けたい』という思い。それが無言館に充満している」と書き、「初めて無言館を訪れた1年後、私は癌の手術を受けた」と述懐する。「日常の奥底、止まる時間」では、「被爆の瞬間は過去の出来事ではなく、今も止まったままなのでは。被爆者にとっての記憶とは、死者が生きた姿そのものではないか」と喝破する。脳出血で半身不随となった社会学者鶴見和子(1918~2006)は、見舞った実弟鶴見俊輔(1922~2015)に「死ぬというのは面白い体験ね。人生って面白いことが一杯あるのね。驚いた!」と言い、俊輔は「人生は驚きだ!」と応じて、笑い合った。そして和子は死んでいった。「生のあるべき姿の一つを指し示している」と著者は受け止める。

かつて「べ平連」を率い反戦平和運動の指導者だった作家の小田実(1932~2007)は胃癌に命を奪われた。その最期を描く「未完の平和主義に徹すれば……」には、見舞った作家瀬戸内寂聴が「小田さん、ちょっともったいないよねえ」と言うと、「残念だよ。(せめて)あと2年ぐらいでいいよ」と答えたと記されている。その場にいた著者の目撃談である。著者は小田からも認められた記者だった。

評者は本書を読んで、ジャーナリストで作家のジョン・ガンサー(1901~70)の名著『死よ驕るなかれ』(1950、岩波新書)をかすかに思い出した。「難産」があれば「難死」(ダイ・ハード)がある。著者は人間としては神頼みすることもあったが、記者として最期の瞬間まで闘い抜いた。

絶筆を綴る本書は、著者独自のジャーナリズムの結晶と言える。近年、跋扈する反知性主義やSNSの隆盛で、活字メディアの中心にある新聞、そして新聞社に日夜ニュースを配信する通信社の言論および情報伝達における影響力は低下している。だが大学生が本書を読めば、新聞を柱とする本格的ジャーナリズムを志望する者が必ずや出てくると思う。ジャーナリズムは命を懸けて遂行するものだと、著者が教えているからだ。
この記事の中でご紹介した本
生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか/言視舎
生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか
著 者:金子 直史
出版社:言視舎
以下のオンライン書店でご購入できます
「生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか」出版社のホームページはこちら
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