対談=伊藤亜紗×平倉圭 記憶を踊ること、私を作り変えること 『記憶する体』『かたちは思考する』刊行記念対談載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月8日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

対談=伊藤亜紗×平倉圭
記憶を踊ること、私を作り変えること
『記憶する体』『かたちは思考する』刊行記念対談載録

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記憶する体(伊藤 亜紗)春秋社
記憶する体
伊藤 亜紗
春秋社
  • オンライン書店で買う
伊藤亜紗著『記憶する体』(春秋社)と、平倉圭著『かたちは思考する 芸術制作の分伊藤亜紗著『記憶する体』(春秋社)と、平倉圭著『かたちは思考する 芸術制作の分析』(東京大学出版会)の刊行を記念して、著者お二人によるトークイベントが、代官山 蔦屋書店にて十月十五日に行われた。〈身体と芸術作品の、記憶、経験、かたちを考え〉〈「私」が作り変えられてしまう可能性をひらく〉ことを掲げて、縦横無尽に言葉を投げ投げ返す、濃密な時間の一部を載録させていただいた。   (編集部)
第1回
拡張された心 人の体の驚くべき複層性

伊藤 亜紗氏
平倉 
伊藤さんの『記憶する体』は、十二人の驚くべき体の使い手の言葉を、聞き取って書かれた本です。どの人も、それぞれ独特な体の中に、まるで異なる複数の体が同時に存在しているかのようです。そうした複数の体を、一個の「私」がどう扱っていくか、そのときにいろいろな技が生まれてきます。体の探究の仕方もそれぞれで、修験道の修行のようだったり、アスリートのようにストイックに鍛える人もいれば、探偵のように謎を追う人もいて、その体の在り方は一般化できません。特異な体の使い手たちの十二の物語は、要約不能なものだと思うのです。
伊藤 
私たちの本の共通点は「要約できないこと」ではないか、と先ほど話していたんですよね。平倉さんの『かたちは思考する』は、「周囲の者を捉え、巻き込み、揺り動かす」形自体が持つ思考について、言葉を用いて、解きほぐそうとしているわけですが、私の本も平倉さんの本も、それが読者に実感として届くには時間が必要なのだと思うんです。つまり冒頭から文章を読んでいくことで、じわじわ読者の体が変化していき、その変化を通して言葉が体に落ちていく、というところまで、引っ張っていく作業が必要です。
平倉 
だから僕たちの本は、トークには向いていない(笑)。
伊藤 
(笑)。ただ他にも共通しているところはあって、私の専門分野は美学・現代アートですが、最近は主に障害について書いています。そして私から見ると、平倉さんの本が、障害についての本と通じるものとして読めたんですよね。それは人間は持って生まれた体で完結して生きているのではなく、外部にある物と一体になることで、何かを考えたり行為したりするのだ、ということがモチーフの一つとして、書かれているからです。これは私の感じている、障害というものの概念に重なります。障害を持つということは、何かをしたいと思ったときに、自分の体だけでは完結できないということです。下半身が麻痺しているので車椅子がなければどこかに行けないとか、耳が聞こえないから音楽が聴けないとか。生活するのに必ず道具や介助者が必要で、逆にいうと、障害を持つ方たちは周囲を巻き込む天才です。常に自分の体を自分でないものと一体化させながら、したいことを実行していく。あるいは体を作り変えていく。それが、私が障害を持っている人の体を考えるときにすごいな、面白いなと思うところです。

平倉さんの本には、その根幹に触れることが語られているので、私がいつも考えている場所に、そのまま力学を持っていけるように感じます。
平倉 
二人が共通して参照している理論家の一人に、アンディ・クラークがいますね。彼は「拡張された心」ということを語っていますが、この「心」は、何といい換えればいいのか。「知性」あるいは「考えること」?
伊藤 
『かたちは思考する』の「思考」でしょうか。
平倉 
人が物を考えるとき、頭だけで考えるわけではなくて、例えばいま僕はホワイトボードに弧を描きながら話していますが、このように思考は頭の外へ拡張されて、頭の中だけでは成り立たない重層的構造を可能にするのだと。クラークの出した事例の一つは、「テトリス」です。僕らはテトリスのピースがどうすれば嵌るのか、頭の中で考えてから動かすのではなく、実際に回転させているうちに、「あっこれだ」となる。あるいは、ひっ算。123×321は……。
伊藤 
計算しなくていいんですよ(笑)。
平倉 
つい(笑)。こんなふうに、書き出せば、話しながら計算することもできる。

伊藤さんも僕も、人とその外部にある物が一体となった、状況や事態について考えています。いま僕という個人とホワイトボードという物は一緒になって作動しています。そのホワイトボードには用意してくれた人たちがいます。自分を含む周囲の環境を、共に暮らす人や物と一緒に作り上げている、という現実があるのです。

そうした環境や使い慣れている自分の体に、何らかの仕方で大きな変化が訪れると、自分の考えや生活を一から組み立て直さなければいけなくなる。伊藤さんの本に取り上げられている方々は、そういう変化を余儀なくされつつ、かつての体の記憶を現在の体に持ち合わせていて、その複層性から驚くべき技が生みだされるわけですよね。
伊藤 
一方、平倉さんの本では絵画、映画、現代アート、ダンス、演劇まで、大きく数えて二十程の、特殊な「芸術作品」が取り上げられています。
平倉 
特殊な芸術作品を見て、その特殊な組み立てに、自分の体を巻き込ませていく。そして巻き込まれ、変化した自分が、作品について何か語れないか、ということを試しているんですよね。

僕は、3・11の震災の後、一年ぐらい美術や映画に全く関心を持てなくなった時期がありました。前作は二〇一〇年十二月に刊行した『ゴダール的方法』で、映画監督ジャン=リュック・ゴダールについての研究書でした。でもその春に起きた震災が僕にとって大きな断絶となり、映画や美術を観ることにリアリティがなくなってしまった。美術館に行っても窓がないこととか、映画館の空調の感じなどが気になってしまうんです。仕事は美術作品の研究なのに、主題に対して関心が消えた。困ったぞ、というところから、一から作り直す必要がありました。本書にはその過程が半分含まれていて、自分の体を芸術作品に無理にでも巻き込ませることで、リアリティを失った芸術への関心を取り戻すことができるのか、そういう試みでもあったのです。

伊藤さんは以前、ブログでダンスについての批評を書いていて、僕にとっては、ダンス批評家、演劇批評家という印象も強くあります。でも劇場などで演じられる「芸術作品」としての体の研究から、芸術を前提としない場所で、より独特な体の使い手たちを発見し、障害研究に入っていった。その振り切り方というのか、僕が芸術の枠内で悩んでいたのを突き抜けたところで、仕事を展開しているのがすごいと。
伊藤 
いや、実は今日は、人生相談しようと思っていたんですよ(笑)。芸術に帰れないんです。私は子どもが生まれた二〇一〇年が転換点だったのですが、出産という出来事が、それまで自分が読んできたどんな哲学書にも思想書にも、書かれていない経験だったんです。それで芸術を見ている暇はないと思ったし、育児で子どもの体を見ている方が、情報量が多かった。条件的に、家に子どもを置いて出かけにくいということもあったのですが、そうしたいくつかの要因で芸術から離れました。そして、障害の体について考え始めて、それはそれで思ってもみなかった広く深い世界にわくわくしっぱなしなのですが、大学では芸術を教えていることもあって、芸術でしか考えられないことがあると信じる感覚を、必要ならば取り戻したいと思うのです。

平倉さんの本を読むと、リハビリが完了している感じがありますよね。
平倉 
そうですか。
伊藤 
芸術の中に、ダイブしているというか。

この本は、読んでいて眩暈がする本です。作品を見る視点も、右にいったり左にいったり、一緒に回転したりもする。でも読んでいると、緊張の中で、目を回しながら、元気になる。それは新しいことが分かったとか、論理的思考に納得するとか、そういう階層の話ではなくて、テキストを読んでいく経験自体に元気になる要素があるのです。こういうパワーを与えられるのは、書いている本人が実際に、その芸術作品に巻き込まれているからで、平倉さんを通じてさらに、読者も巻き込まれているのだと思うんですね。芸術を扱っても、こんなふうに実感が届いて元気になれるのかと。読んで元気になるというのは、私は本を書く上でとても重要なことだと思っています。
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この記事の中でご紹介した本
記憶する体/春秋社
記憶する体
著 者:伊藤 亜紗
出版社:春秋社
以下のオンライン書店でご購入できます
かたちは思考する 芸術制作の分析/東京大学出版会
かたちは思考する 芸術制作の分析
著 者:平倉 圭
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「かたちは思考する 芸術制作の分析」出版社のホームページはこちら
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