対談=尾崎名津子×朝吹真理子 オダサクが描く女性の一生 「女性小説セレクション」 (春陽堂書店)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月9日 / 新聞掲載日:2019年11月8日(第3314号)

対談=尾崎名津子×朝吹真理子
オダサクが描く女性の一生
「女性小説セレクション」 (春陽堂書店)刊行を機に

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春陽堂書店から「女性小説セレクション」と題された『織田作之助 怖るべき女』(尾崎名津子編)、『太宰治 誰も知らぬ』(井原あや編)が刊行された。「新戯作派」「無頼派」と呼ばれ、今なおファンの多い二人の作家の作品を「女性」をテーマにセレクトしたシリーズとなっている。今回はオダサク巻の編者を務めた尾崎氏と作家の朝吹真理子氏に対談をお願いした。朝吹氏はオダサク作品に触れ、どうのように感じたのか、また尾崎氏はどのような思いで編者を務めたのか語ってもらった。  (編集部)
第1回
引き込まれる 文章のグルーヴ感

朝吹 真理子氏
朝吹 
 尾崎さんは私の大学時代の先輩で、いつだったか、尾崎さんがオダサクの話をしていたことを覚えています。オダサクのヒロポンの打ち方がしょぼいという話が印象的で(笑)。坂口安吾の『安吾巷談』にオダサクがヒロポンを打っているシーンがあって、オダサクはヒロポン注射のあとにビタミンBを打ち救心を飲んでいたとか、静脈注射でなく皮下注射で量も少なかったとか、それをわざわざみんなの前でやっているんだけど…。
尾崎 
 しょぼい(笑)。
朝吹 
 オダサクと聞くと作品よりもまずこの話を思い出す(笑)。かわいい人だなと思いました。体の一回性を知っているというか。
尾崎 
 織田は見栄坊だったといいます。ヒロポンを打つきっかけは、戦時中、自宅療養していた妻に注射を打ったことにあったようです。体に良いと聞いたものは何でも妻に打っていて、その後自分でも打ち始めた。妻は一九四四年に亡くなります。
朝吹 
 献身的ですね。その話を聞くとイメージが変わります。私はあまりオダサクのことを知らなくてどんな人だったんでしょうか。そして、なぜ今回「女性小説セレクション」を編むにいたったんですか?
尾崎 
 「オダサク」と言ったら一般的には「大阪」のイメージですよね。私は織田のテクストにおける「大阪」という言葉が喚起するものについて研究していました。その過程で全集を繰り返し読んでいて、女性をかなり書いていることに気づきました。日本近代文学では男性の書き手が圧倒的に多く、女性はしばしば絶対的な他者として浮上します。しかし、織田の作品に登場する女性のありようは、漱石や鷗外のそれとはかなり異質に見えたんです。

このアンソロジーを編む時に編集者から、「夫婦善哉」は入れずに、と言われました。戸惑いましたが結果的によかったと思います。織田と言えば「夫婦善哉」で、そればかりが受容されてきた部分もある。すると、耐えて男を待つ女の浪花節を書いた作家というイメージがどうしてもつきまとう。そういう状況に対して、「器用なのよ、この作家は」と伝えたかった気持ちがあります。
朝吹 
 改めて読むとオダサクの文章はグルーヴ感がすごくて、ぐいぐい引き込まれて、読んでしまう。初期作品の「雨」からも、すごい語りのスピードで時間が流れて気持ちいい。
尾崎 
 「雨」を織田自身は事後的に「私の処女作」と言っているけれど、小説としては二作目です。今回のアンソロジーでは初出のテクストを収録しています。初刊では分量が減り、特に性的な描写が削除されている。でもそれによって文体の勢いが削がれているわけではありません。朝吹さんが印象に残った作品は他にありましたか?
朝吹 
 「蛍」も好きでした。主人公の登勢は意地悪な姑に信じられないくらい良くしてあげるんですが、暗くないんですよね、なんか明るい諦念があって。肩に諦めがぶらさがっていた、というような文章があって、初めて読む表現でハッとしましたね。オダサクの比喩がすごくうまいですよね。
尾崎 
 諦めというのは他の作品の女性にも感じられるけれど、総じて強靭な存在として女性が繰り返し出てくるような気がします。
朝吹 
 諦めているからこそ何があっても受け流せる。正面から受け止めないで流していく感じですよね。ま、人生だから…、と淡々としている。
尾崎 
 良くも悪くも近代小説の主人公っぽくはない気がして、その一つにいわゆる「内面」と名指し得るようなものが書かれていない、ということがあります。
朝吹 
 私は人間にはそんなに内面なんてないんじゃないかなと思っているんです。懊悩がたくさん書かれている小説はさほど好みではないので。オダサクの場合は、ひたすら事態が展開しつづけて、登場人物に入り込まないことが、私にはおもしろい。
尾崎 
 織田作之助という作家はどこか前衛的で在り続けた気がしています。それは日本の近代の小説そのものに対してなのか。内面を書かないことは同時代においても批判対象となり、おそらくそれが「通俗」と呼ばれたりもした。でも何か違う気がして、その答えをまだ探している途中です。朝吹さんの言う事態や行為を書き連ねていくことで、情緒がいかに伝達されるか。
朝吹 
 タイプは違うけれど私は深沢七郎が好きで、彼も感情を書かないですよね。『笛吹川』とかびっくりするくらいに登場人物の死があっけない。そして時間がはてしなく流れる。この世は不条理である、ことを実感します。内面を書かないことが通俗ではないと思いますね。
尾崎 
 抽象や観念を書かないということでしょうか。
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この記事の中でご紹介した本
織田作之助 女性小説セレクション 怖るべき女/春陽堂書店
織田作之助 女性小説セレクション 怖るべき女
著 者:尾崎 名津子
出版社:春陽堂書店
以下のオンライン書店でご購入できます
太宰治 女性小説セレクション 誰も知らぬ/春陽堂書店
太宰治 女性小説セレクション 誰も知らぬ
編集者:井原 あや
出版社:春陽堂書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「太宰治 女性小説セレクション 誰も知らぬ」出版社のホームページはこちら
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