越境・離散・女性 境にさまよう中国語圏文学 書評|張 欣( 法政大学出版局 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月16日 / 新聞掲載日:2019年11月15日(第3315号)

越境・離散・女性 境にさまよう中国語圏文学 書評
越境と離散を「女性」という 視点から脱構築して分析
先駆的研究の意欲的な文学評論集

越境・離散・女性 境にさまよう中国語圏文学
著 者:張 欣
出版社: 法政大学出版局
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 国家や民族や言語の分野において、境界は自己と他者、あるいは同質と異質を区切り、内部を統制して均質化すると同時に、外部を排除して内部を保護する機能を持っている。そのコインの裏表のような境界原理を考えれば、束縛や限界から逃れようとする越境と、愛しき故郷を失って彷徨する離散は、対立概念ではない。本書は中国・満州・台湾など中国語圏の作家を対象として、その越境と離散の複雑な機制を、女性という視点から脱構築して分析した意欲的な文学評論集である。

その特徴が最も鮮明に表れるのは、本書の三分の一を占める「忘れられた作家」梅娘の人生と文学に関する評論である。裕福な政商の愛人の娘としてウラジオストックに生まれた梅娘は、満州・北京・日本と活動の場を移しながら執筆活動を続け、第三回大東亜文学者大会(一九四四年南京)で短篇小説集『蟹』(一九四一―四二年日本滞在中に執筆)が大東亜文学賞を受賞している。ファシズム体制の文学版のような大会で受賞することを、著者は協力か屈服かというような二分法では論じない。帝国日本占領下の満州と北京において中国語作家として活躍した梅娘を、帝国主義や戦争や男性優位社会といった過酷な限界状況の中で、最大限の自己表現を求めて奮闘した女性作家として描き上げる。

例えば小説「蟹」を、近代の中国の家の問題を取り上げた巴金の名著『家』と比較して、当時の女性が様々な境界の中で生きることを強いられながら、一方で越境によって束縛を逃れようとする姿を浮かび上がらせる。満州国成立によって離散を強いられ、同時に日本軍占領下の北京で越境作家として活動する中国東北部出身の作家たちは、中国語と日本語の狭間で抵抗と忍従の二分法では説明できない文学活動を展開する。日本軍占領下で現実認識をそのまま描くことができなくとも、人間の弱さ、堕落、妥協を取り上げることで、限りなく個人化する物語は閉塞社会に発する雑音たり得た。

短編小説「僑民」(一九四一年)は、大阪から神戸へ向かう電車の中で中国人女性が朝鮮人夫婦と出会うエピソードを綴るが、朝鮮人への民族差別から、その朝鮮人男性の女性差別へと主人公の眼差しは鋭く日本の日常空間を切り進んでいく。少女時代は貞淑に、職業につけば会社に、結婚すれば夫に服従しなければならない道徳的束縛の中で、「女の道は狭い」と語る梅娘は、アンチ・ロマン派作家と見なされるほど、母性ではなく女性に拘る作家だったことを著者は鋭く分析する。

本書の中で梅娘と並んで大きな紙幅を割かれるのは、同時代に上海や香港で活躍する作家、張愛玲である。二人の作家は女性の視点から束縛と逃亡の物語を紡ぐ共通点もあるが、梅娘は男の内面に関心を向けず、一方、張愛玲は戦時下であるがゆえにいっそう恋愛に夢中になる女性を描く。張愛玲は『傾城之恋』のように『紅楼夢』に代表される中国古典に対する関心と、上海や香港のような西洋文化に満ち溢れた占領地で暮らす不安が女性登場人物に落とす影を、見事に文字化できる才能を持っていた。

本書は著者の二〇年前の博士論文に加筆したものだが、その視点がいかに先駆的だったか改めて感じさせてくれる。ただ、その後この分野の研究はずいぶん進展して、女性という視点を分節化する研究も蓄積され、ヘテロセクシャルではなくLGBTQの視点から「女性」を論じる研究も増えてきた。この課題に著者がどう向き合うか次の著書に期待したい。
この記事の中でご紹介した本
越境・離散・女性 境にさまよう中国語圏文学/ 法政大学出版局
越境・離散・女性 境にさまよう中国語圏文学
著 者:張 欣
出版社: 法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
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