地先 書評|乙川 優三郎(徳間書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月16日 / 新聞掲載日:2019年11月15日(第3315号)

地先 書評
人生の「地先」を描く
苦しみや悲しみ、そしてその先。「今を生きる大人のための」小説集

地先
著 者:乙川 優三郎
出版社:徳間書店
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地先(乙川 優三郎)徳間書店
地先
乙川 優三郎
徳間書店
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 人は生き直すことができる。少なくとも生き直そうと前を向くことはできる。この短編集を読み進めていくと、そんな思いを強くする。

たとえば、『まるで砂糖菓子』では、東京の会社の経営改革で疲れ切った五十歳近い女が、会社を辞めて高原に移住する。結婚の話もなくずるずると付き合っている男が時折やってきては、会社の愚痴を聞かされる。『すてきな要素』では、つまらない生活を送っている両親と先の展望のない地元を見切って都会に出た女が、事故で大けがをして恋人と仕事を失い、実家に帰る。表題作『地先』では、裕福な女のパトロンのおかげで個展を開くなど画家として生活させてもらっている男が、衝動的に列車に乗って海辺の街を訪れる。

主人公たちはそれぞれに、人生に不満があったり、それなりの幸せを感じたりしているが、突然それを覆す出来事に見舞われたり、今の生活から抜け出したい思いに駆られたりする。そして、新しい人生に踏み込んでいくきっかけとなる出会いをする。

タイトルの「地先」とは、辞書によれば「その土地から先へつながっている場所」という意味だ。八篇すべてが描いているのは、まさに人生の「地先」だ。もうこれで人生終わりかというような状態や、夢を失ったり人に頼り切ったりして淀んだ状態にある主人公たちが、新たな人生に踏み出すきっかけとなる人や出来事。あるいはふいに気づいた自分の思い。それが「地先」として、実際の場所以上の意味を持っているように思う。

他にも、会えば楽しいが普段の生活を知らない男と付き合う女、父の世話と母が入院している病院通いのために仕事を変えた女、フィリピンから出稼ぎに来た余命の残り少ない男などが主人公となり、相手の存在の大切さに気づいたり、理解ある大人になった昔の恋人との逢瀬に癒されたり、家族の英雄になれさえすればいいと運命を受け入れたりする。皆、最終的には未来への小さな希望を感じているから、どの作品を読んでも概ね読後感が明るい。

もう若いとはいえない程度に長く生きていると、思ってもみなかったような出来事を経験することもある。明らかによいこと、よい方向へ進む出来事ならいいが、何かしら日々に困難をもたらすような出来事に直面することも多い。

本書には、結婚しない男女や、既婚の男と付き合う独身の女や、認知症を患う人々、日本に出稼ぎに来るフィリピン人など、今時の社会を映す人々が多く登場し、物語をよりリアルで身近に感じさせる。そのリアルな世界で先へと踏み出す人々の姿は、現実を生きる読者を癒し、励ますこともあるだろう。

著者の直木賞作家、乙川優三郎氏は、時代物でも現代物でも、画家や小説家など芸術の道を歩む人々や思うようにならない出来事に直面する市井の人々を描いており、本書もその例に漏れない。苦しみや悲しみがあり、その先が描かれる。他の作品が評されるように、本書もまた「大人のための」、さらに言えば「今を生きる大人のための」小説集だ。
この記事の中でご紹介した本
地先/徳間書店
地先
著 者:乙川 優三郎
出版社:徳間書店
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