【横尾 忠則】ダンテの「神曲」、森の迷い子、隨縁という新しい生起|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2019年11月25日 / 新聞掲載日:2019年11月22日(第3316号)

ダンテの「神曲」、森の迷い子、隨縁という新しい生起

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『文學界』清水陽介さんと(撮影・徳永明美)
2019.11.11
 『文學界』の清水さん来訪。西洋のスカーフをパッチワークした女性用レインコートを着用。彼には紳士用は似合わない。彼の担当はぼくの他に山田詠美さん、磯﨑憲一郎さん。彼が担当になってくれたのは、あのファッションセンスに惹かれたからだ。現在出ている『文學界』には〈原郷の森〉4回目が掲載されているが、すでに5、6回目の原稿もできている。追われるより追う方がストレス解消術になる。
左から塚田美紀さん、酒井忠康さん、筆者、光村図書出版赤穂淳一さんと吉田史さん(撮影・徳永明美)
2019.11.12
 酒井忠康さんが機会ある度に書いてくれていた評論を集めて『横尾忠則さんへの手紙』として出版されたので、年譜を制作してもらった塚田美紀さん、光村図書出版の赤穂淳一さん、吉田史さんを交えて、ささやかなランチで出版祝い。

少しづつ絵が描けるようになったので、体力を試すためにも公開制作をしてみたくなった。神戸の美術館でやってみようかと思う。
2019.11.13
 岡山からC・H・Cの福武美津子さん来訪。豊島横尾館に関するいくつかの懸案事項について話す。

夜、整体院へ。
2019.11.14
 晴天続き。

朝から150号の2作目にかなり加筆するが着地点が全く見えない。森の中の迷路をさ迷っているようだ。いつも一作を描く度に何度も迷い子になってしまう。いつかは抜け出すのだろうが、絶対抜け出せないんだろうなあと毎回思いながら、結局は抜け出すんだけれどね。毎回、ダンテの「神曲」をやっているようなものだ。

午後、神戸の美術館から山本理事長、田中分館長、山本館長補佐来訪。

この間から補聴器を落としてばっかりいる。2、3回落としたんじゃないかな。今回は東京ヒアリングセンターにより補聴器が保険によって手元に戻ってきた。やっぱり装着すると多少は聴き取り易いが、自分の声がサイボーグ化してしまうのが難点だが仕方ない。
2019.11.15
 アトリエで書評用の本を読むが、2ヶ月半ほど書評を書いていないからか、読んでも読んでも頭に入らない。耳もそうだが脳まで難聴? 読むのも遅い。書くのもつらい。昔は平気だったことが加齢と共に当り前のことが当り前ではなくなるのである。
酒井忠康さん、筆者
2019.11.16
 今日は「隨縁」という言葉を思い出した。隨縁とは仏教用語だと思うけれど、仏の縁によって物が生起することである。影響を受けてものの生じることである。このところ絵を描くのが嫌いになっているが、嫌になったと思うことで、それでも描くとどういうものができるかを、もしかしたら模索しているのかも知れない。つまり新しい生き方を生起したいための「嫌い」なのかも知れない。「嫌い」と言っておいて、成るようになることで新しく生起するということを無意識が知っているのかも知れない。だから恐れることはないのだ。新しい生き方をすると新しく生起する。隨縁によって。

環境を変えることによって、人間は新しく生起できる。以前から固定化してしまった寝室によって、身体も固定化して、何か生起できなくなっていることに、ここ1、2年気づいているが、弱っていた体力の向上の兆しを機にこの辺で寝室の位置転換を計って生活、意識環境を変えることにした。この家に来た40年前から寝室の位置が固定したままというのも異常である。アトリエの環境も変化させることで流れがよくなった。今回は3ヶ月近い休養期間の結果、作品の変化の兆しが見えてきたので、この際ここで思い切って寝室の環境を変化させる小さい実験を行うことにした。そのことによって家の気の流れも変るはずだ。実にいいことだ。これを隨縁という。
2019.11.17
 〈糸井重里サンガ、大キイ事業ヲ始メタ。何カ依頼サレタガ手ニ負エナイ。ボクノ仕事デハナサソウダ〉

この間から制作途上の絵を眺めているだけで、どう割込んでいけばいいのか思案するばかり。あえて失敗に挑戦したがっているのかも知れない。大成功よりも大失敗の方が時には先が開けることがある。

夕方、突然、元朝日新聞の書評担当の依田さんがぶらっとやってきた。彼は意外と近くに住んでいる。神津善行さんと同じマンションの居住者で、定年退職して、4年位経つかな。書評委員に推薦したのが依田さんで、今年で10年くらい経っているのではという。依田さんは退社してから全く何もしていないという。何もしないで生活ができるのは最高の贅沢だ。ぼくもこの3ヶ月はそんな贅沢な時間を過ごした。何もしないことは悪徳ではなく、美徳であるということを実感した。これからの残った時間もこうありたいと思う。(よこお・ただのり=美術家)
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