生まれたら離ればなれはしかたない加速していくわたしも流れ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月25日 / 新聞掲載日:2019年11月22日(第3316号)

生まれたら離ればなれはしかたない加速していくわたしも流れ

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井戸川 射子氏
文字にしておけば再会できる、と思ったのが中学生くらいで、それから十五年ほどは日記を毎日つけていた。最初は雑誌の付録の、怪盗セイントテールのノートに書きはじめて途中、黄土色のぶ厚い十年日記を挟んだりもして、気合いの入っていたことです。つづられていく小さなニュースや身の振り方、同じものも続く親密な思い出に、読むたび体を持っていかれそうになった。結婚して引っ越す時に、念のため破いて捨ててしまった。全体、読みながらページを裂いていって、プリクラも日記に貼っていたのでもったいなかったな、でも捨ててもいいと、はじめて思えたんだよな。別れて来た人数の方が、出会った人より多い気さえする、もう会わない相手にも、またねって言うようにしている。

詩の中によく川を書きます。混ざりながらつながる、一定でない集まり、まだ最後までひらけてはいないもの。夏になれば、和歌山の川を思い出す。祖父の田舎に流れていた、幼い頃は毎年夏に行って、朝は川で魚獲りをした。大きな網を持って、妹が着ているミキハウスの水玉の水着は前の年はわたしが着ていました。帽子で蒸される頭、写真に写った子どもたちの脚は肉付き良く、ふっくらと陽を浴びている。赤いレンガの壁の前で、毎年写真を撮っている。お揃いの紺色、スカートが段になったワンピース、眉毛の下で切りそろえた前髪、小さい頃の方が、誰かと同じものって多かったのかな。石をどかす時の、水の迫る揺れと筋の感触は今受けてもきっとドキドキするだろう。網を引き上げれば、何が入っているか分からない、みんなそうです。夜には盆踊りがあったな、光を受けない所は、音だけで感じる川だった、提灯のライトが大きく、燃える表面だった。
本当は何でも言い切りたくない。言葉は必須、全てです、だって会った人としか握手できない、表情だけでは大まかな感情しか伝わらない、と思う部分もあれば、何のための勉強だろう、積み重なっては流れていく思い出と感覚をはっきりと単語で人に分からせたことなんて、わたしには一度もないのだと確信する瞬間もある。一編の詩の中でだってそのくり返しを、ただわたしはしています。作ってきたものたちを詩集にまとめたのは、はじめての妊娠をしている時です。日々変わっていく体なんて久しぶりだと思った、わたしの動作とお腹の子の考えはたぶん違った、体と言葉が通じたことなんて、これまでにも一度もありませんでした。

国語の教師にならなければ、きっと詩を書くことはなかった、発言を人に見せるのは得意じゃなかった。できれば想像力の届かないところまで思いやりたい、現代文の授業はいつも自分の奥底の流れに向けた慰め、説得だった、新しく読む文章はどれも発見か共感に分けられる気もした。

一番よく見てきたのは武庫川で、何本も並ぶ橋と線路。この前行ったら、動物型の石像が散らばる砂場を草が覆っていた。石や松たちはそれぞれ別の方向を向いていて、川岸に下りれば、ここで昔バイト仲間とバーベキューをしたこと、煙の匂いまで思い出しました。水は角度で色を変える堂々たる群れ、言葉ならいつも、吐き続けても持っていられた。砂を踏みながら上流を見れば、緑と青ははっきり別れて、わたしだって背景に、山など背負えばきれいと思う。


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