贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学 書評|岩野 卓司(青土社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月23日 / 新聞掲載日:2019年11月22日(第3316号)

贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学 書評
遠いようで近い、簡単に見えて実に複雑な関係
贈与に着目し経済中心主義の単一思考を問い直す

贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学
著 者:岩野 卓司
出版社:青土社
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 本書のテーマである「贈与」とは、日本語では贈与税や生前贈与といった限られた場面でしか耳にしない言葉だが、この語に対応する英語のgiftやフランス語のdonは、より一般的に「贈る・あげる・プレゼントする(こと・物)」というごく普通の事柄を指している。贈与はこのように誰もが、ときには意識もせず日常的におこなっている行為でありながら、二〇世紀のはじめにブロニスワフ・マリノフスキやマルセル・モースらの民族学者が「未開」社会の贈与慣行に注目して以来、モーリス・ゴドリエ、アネット・B・ワイナー、マリリン・ストラザーンらの人類学的研究に継承されただけでなく、ジョルジュ・バタイユやジャック・デリダらの哲学者のもとでも独自の理論的展開を経験した非常に珍しい主題である。モースが一九二五年に発表した記念碑的論文と同一のタイトルを冠する本書は、私たちが贈与と取り結んでいる遠いようで近い、簡単に見えて実に複雑な関係を、平明かつユーモアあふれる筆致で語った好著である。

著者みずから「近年、贈与論が流行っている」と述べるように、日本でも、人類学や民族学の方法論による調査研究や、現代フランス思想の文脈での文献研究が数多くおこなわれている。前者は、研究者それぞれのフィールドに見られる贈与交換(贈与と返礼)のシステムを観察して記述するものであり(日本における贈与の慣習についての歴史研究を含めてもよい)、後者の場合、贈与を論じたいくつかの代表的なテクストを解釈しながらこの概念に哲学的観点からアプローチするのがつねである。具体的には、パプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島などでおこなわれるクラ交易や、北米先住民族によるポトラッチといった儀礼的贈与を論じながら「与える・受け取る・お返しをする」という三重の義務が社会関係を規定しているとしたモースの「贈与論」、モースを批判的に継承しながら女性の交換にもとづいた部族間関係の構造を明らかにしたクロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』、そして贈与と交換とを厳密に区別し贈与を「不可能なもの」として論理的に析出したデリダの『時間を与える』がそれにあたる。

本書は後者の哲学的ないし思想史的研究に属するものであり、モースとレヴィ=ストロースが論じられたあと、バタイユ、シモーヌ・ヴェイユ、デリダ、ジャン=リュック・マリオンが各章で順番に取り上げられ、さらに補章ではそれまでの議論を踏まえてナタリー=サルトゥー・ラジュの『借りの哲学』の議論の補完が目指されている。

贈与を扱った類書も多いなか、本書の特徴の一つとして挙げられるのは、著者がバタイユの専門家であるとともにマリオンの指導のもとで博士論文を執筆したという経緯から、この二人の思想に大きな位置が与えられている点である。闘争的贈与交換と呼ばれるポトラッチでは、贈与を受けた首長はより貴重なものを返礼として返さねばならず、さもなければ名誉や信用を失ってしまう。自分がどれほど気前良い存在かを示すために、財産をわざと燃やしたり捨ててみせることさえあるという。贈与がもつこうした「破壊的」な側面に惹かれたバタイユは、「返礼なき贈与」のうちに「消費のための消費」を見いだすとともに、太陽による一方向的なエネルギーの贈与という今日でも通用する議論を提出している。またマリオンは、フッサールの現象学的還元を徹底させて「所与性(Gegebenheit)」の次元に注目する一方で、ハイデガーが「存在はある(=それが存在を与える)」(Es gibt Sein)という定式から導き出した「それ」すなわち「エアアイクニス」(性起)を、あらためて贈与の側に引き戻すことで、「還元と同じくらい、与え(donation)がある」という「根源的な贈与のありかた」に到達している。なおマリオンについては、前著『贈与の哲学 ジャン=リュック・マリオンの思想』(明治大学出版会)でもわかりやすい紹介がなされている。

本書のもう一つの特徴は、こうした踏み込んだ哲学的議論を含みながらも、贈与という硬い用語ではうまく表現できない私たちの身近な「贈与」の例を数多く提供することで、私たちと贈与との密接な結びつきに気づかせようとする配慮に満ちていることだ。居酒屋での手酌の是非問題、ハロウィンやクリスマス、恋愛、さらには排泄行為までもが同じ贈与という言葉で読み解かれていく。バタイユとともに語られる「贈与のスカトロジー」とは強烈な表現だが、こうした身近すぎる例は、いかに自分が一方的になにかを受け取り、一方的になにかを返していく存在なのかを思い出させてくれる。交換に存する行為、とりわけ貨幣にもとづく経済活動の方が例外的に思えるほどだ。

本書は「資本主義を突き抜けるための哲学」という大きな副題を掲げている。贈与に着目して経済中心主義の単一思考を問い直す試みは、アラン・カイエの主宰する「社会科学における反功利主義運動(MAUSS)」とも響き合うものである。だが著者はあくまでも自分の手の届く範囲で思考し変革していくという態度を崩さない。どんな資本主義企業であっても職場の人間はコミュニズム的な操業をおこなっているというデヴィッド・グレーバーの指摘を引きながら、著者は、資本主義のなかに「資本主義に抵抗するものや資本主義を超え出るものが存在している」ことに注意を促す。「資本主義体制のなかで場所をもちながら両義的な面をもつものの存在」に耳を傾けることが、「所有と利潤の追求」を唯一の目的とする資本主義を突き抜けるために私たちができることである。

軽やかで読みやすい語り口で贈与にまつわるテクストを読み解いていく本書は、贈与の問題に関心をもつひとへの格好のガイドである。
この記事の中でご紹介した本
贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学/青土社
贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学
著 者:岩野 卓司
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「贈与論 資本主義を突き抜けるための哲学」出版社のホームページはこちら
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