みすず書房旧社屋 書評|潮田 登久子(幻戯書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年12月16日 / 新聞掲載日:2016年12月16日(第3169号)

みすず書房旧社屋 書評
◇貴重な現代史資料◇ 出版史に残る書籍群を生み出して きた時間と人と物を写真に包み込む

みすず書房旧社屋
出版社:幻戯書房
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NHKの朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」や、人気マンガからテレビドラマ化された「重版出来!」など、出版をテーマにしたテレビ番組が話題を呼び、出版不況といわれる中にあって出版社や編集者の仕事がにわかに脚光を浴びた。この本は、そういったドラマの舞台となった、出版社の社屋が解体される前後を、一〇〇枚を越えるモノクロ写真に関係者のエッセイを挟んだユニークなフォトドキュメントだ。装丁はもちろん、本文レイアウトから書体や文字組まで細心の心配りによる丁寧な本作りが、解体される社屋へのレクイエムのように美しい。

出版社と言っても、一人出版社から千人前後の社員を抱えた大出版社までいろいろある。みすず書房は、戦後間もないころに、戦前の羽田書店で編集者をしていた小尾俊人が山崎六郎や清水文男らと創業した出版社だが、フランクルの『夜と霧』やレヴィ・ストロースの『野生の思考』などの名著の他、『現代史資料』のような膨大で貴重な出版物を世に送り出してきた版元でもある。最近ではピケティの『21世紀の資本』で話題を呼んだ。

同社は一九四六年に日本橋で創業したが、四八年一一月に現在の本郷三丁目に芦原義信の設計で社屋を新築する。その後増改築を繰り返し、七四年に本郷五丁目に新社屋を建てて営業部がそちらに移り、九六年には本社も新社屋に移転し、最後まで三丁目の旧社屋に残った編集部も八月には新社屋に移転して、旧社屋は解体される。

第一章「社屋外観」から始まり、「書庫の階」「室内」「人物」「編集会議」「解体直前」「解体」と全体が七章で構成され、それぞれに写真とともに元社長や社員など関係者のエッセイが往時を語る。外見は住宅街にある仕舞屋風で、ちょっと目には出版社には見えない。ところが一歩屋内に踏みこむと、いたるところにおびただしい量の本が雑然と積み上げられている。

木造机の上には、筆記用具の他にハサミと糊とセロテープやホチキスと灰皿。かたわらに台秤があるのは、著者との原稿や資料のやり取りで頻繁に郵便物を計量していたのだろう。机の脇には塵取りと箒とゴミ箱。資料を切り張りしながら原稿を作成していた形跡がうかがえる。データで原稿をやり取りする、昨今の編集現場では想像できない光景だ。

月に一度、大部屋で小さな丸テーブルを囲み資料を持ち寄っての編集会議。後半は、丸テーブルの上にあった資料のかわりにツマミとコップが並んでの飲み会に変わる。向かいの関七酒店からビールと乾きものを購入してきて、大部屋での飲み会は編集会議よりも頻繁に行われたという。足元にビール瓶が何本も並び、椅子に座ったまま眠りこけている姿も。

カバーの写真の、社名版を取り外された後の玄関わきの染みのついた壁面に象徴されるように、写真の一枚一枚に戦後半世紀近くに渡って出版史に残る書籍群を生み出してきた時間と人と物を包み込んで、二〇年前に解体された社屋への限りない惜別感が熱く伝わってくる。これも貴重な現代史資料である。
この記事の中でご紹介した本
みすず書房旧社屋/幻戯書房
みすず書房旧社屋
著 者:潮田 登久子
出版社:幻戯書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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