センス・オブ・シェイム 恥の感覚 書評|酒井 順子(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月23日 / 新聞掲載日:2019年11月22日(第3316号)

センス・オブ・シェイム 恥の感覚 書評
その人自身を丸裸にしてしまう「恥の感覚」
性格や、生育環境、世代、様々な要因で形成されるもの

センス・オブ・シェイム 恥の感覚
著 者:酒井 順子
出版社:文藝春秋
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 三十代以上の独身女性、子供のある・なしの壁、男尊女卑意識、家族の在り方、ご自身の身近な問題から視点を広げ、様々なテーマを扱ってこられた著者が本書で挑むのは、「センス・オブ・シェイム」すなわち恥の感覚である。

日本人がその長い歴史の中で綿々と培われてきた「恥の文化」に生きているということは、誰しも耳にしたことがあろうし、己を振り返り納得してもいるだろう。私自身が多言語を扱えるわけではないので断言はし難いが、日本語に「恥」を含む慣用句が多く存在するのもその証明になるのではないかと思う。幼いころに「恥ずかしいからやめなさい」と親から注意されたことだって、きっと誰しもあるだろう。

かようにして我々は「恥ずかしいことはよくないこと」と学び、他者の恥ずかしい行為にいたたまれなさを覚えるようになるわけだが、恐ろしいことにこの「恥ずかしさ」の感覚というのは一律ではない。生まれ持った性格や、生育環境、世代、様々な要因によって形成されてゆくものだから、自分が恥ずかしくて
たまらないことを平気でやってしまう他人がいたりする。そしてまた、その逆も然りである。

つまりなにを「恥ずかしい」と感じるかは、突き詰めてゆくとその人自身を丸裸にしてしまうとても恥ずかしい行為なのだが、「エッセイを書くのはストリッパー感覚」と記す著者はそれを惜しげもなく曝してくださる。その「恥の感覚」の絶妙さに、首が振り切れるほど頷いたり、「そうかなぁ」と傾げたりするうちに、読者自身も自分がどういうことを恥ずかしいと思う人間なのかを自覚させられてしまうのである。

そうだそうだ、私も子供のころは授業で指されるのさえ恥ずかしかった。答えが合っていてももし間違っていたらと思うと声が小さくなり、「えっ?」と聞き返されるともう喋れない。今だって、本棚のラインナップを見られるのは頭の中を覗かれるのと同じことなので、本当に嫌だし恥ずかしい。ようするに私って実際以上に、己を知的に、よく見せたいと思っているんだなぁ。なんてことが、浮き彫りになってしまうわけだ。

そんな欲求はおそらく、私の言動から透けて見えている。私の恥ずかしさは、他の誰かをいたたまれなくもしているのだ。そう思うと、もうヤだ怖い。誰にも会わず、お家に引きこもっていたい!

しかし本書では自分自身をも雁字搦めにしてしまう「恥の感覚」を、決して悪者にはしていない。あとがきに於いて著者はこう記している。「我々が諸外国の人よりも繊細な羞恥心を持っているのだとしたら、その時に恥から逃亡するのでなく、相対してみるのも、身動きを取るための一つの方法なのではないか」と。

たしかに私のような怠け者は、「恥ずかしい」という感覚がなければまったくなにもしないだろう。人から笑われるまいと、少しでも理想の自分に近づこうとする。そんな努力もある。「恥の感覚」とは人を縛るだけでなく、動かすものでもあったのだ。
この記事の中でご紹介した本
センス・オブ・シェイム 恥の感覚/文藝春秋
センス・オブ・シェイム 恥の感覚
著 者:酒井 順子
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「センス・オブ・シェイム 恥の感覚」出版社のホームページはこちら
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