身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック 書評|ゲイル・サラモン(以文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月23日 / 新聞掲載日:2019年11月22日(第3316号)

身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック 書評
本邦初のトランスジェンダー・スタディーズの理論書
トランスジェンダーの身体論へ向けて

身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック
著 者:ゲイル・サラモン
翻訳者:藤高 和輝
出版社:以文社
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90年代初頭、アメリカにおいてトランスジェンダー運動は誕生し、非医学・心理学系のトランスジェンダー・スタディーズもまた、英語圏において発展してきた。しかし、日本では学問分野としてのそれは「影も形もない」(訳者解説)。そうした現状において本訳書は、英語圏のトランスジェンダー・スタディーズの理論的著作を日本で初めて紹介する、画期的なものである。

本書が問うのは、トランスジェンダー(以下、トランス)の身体に関する理論的説明における「物質性」という概念の問題性である。伝統的に、トランスの主体性の理論化において二つの対立的な立場が存在してきた。一方は、社会的なジェンダーの越境に基づいてトランスの主体性を構想する立場であり、そこでは二元的なジェンダーへの非同一化が強調されてきた。もう一方は、出生時に割り当てられた性別の身体的特徴に対する違和の感覚と、手術や性ホルモンのような医療的手段による物質的な身体の改変に基づいて、主体性を構想する立場であり、そこでは逆に二元的なジェンダーへの同一化が強調されることになる。そして、前者は社会的なジェンダーの越境により身体の物質性の制約から逃れようとし、後者は社会的な構築の結果ではないとされる身体の物質性に依拠しようとする強い傾向を持つ。本書は、このような対立図式において物質性が単純な実体として前提されていることへの批判的介入である。これは、トランスの経験を理解する最も基本的な対立図式そのものへの介入であって、この点において本書は非常に重要な著作であるといえる。

この物質性の問いは、トランスの身体の「感じられ方」についての本書の洞察へと接続される。「私の身体がかくあるべきではないと感じる」という身体違和の感覚は、物質的な身体、とりわけ性器の改変をまさに要請するものだと考えられてきた。この物質性と感覚の位置づけは錯綜してきたが、多くの場合、違和の感覚はまさに物質的身体の現実性を証明するものとして本質化されるか、逆にあまりに本質主義的な内面への焦点化だとして却下されてきたといえよう。本書はこの「感覚」に独立した理論的地位を与える。その一つの賭金は、フェミニズム/クィアのトランスフォビアへの対抗である。第1章、第2章で本書が精神分析とメルロ= ポンティの現象学を通じて示していくのは、わたしにとって所与の身体がまず存在するのではなく、感覚を通じて、わたしは身体を得るのであって、このとき、身体の〝ナマの〞物質性のようなもの――暗に、性別越境の可能性の限界とされるもの――に訴える必要はないということである。そして、このプロセスを社会的な意味づけの外部にあるものと想定したり、トランスの一部ないし全部に特殊なものとみなしたりする必要もない。こうして本書は、トランスの身体性を妥当な仕方で理論化するための有力な道具とアイデアを提示している。

本書はトランス男性に関する議論を積極的に展開しているという点でも意義深い。もっとも、本書はより本格的な探求のための準備作業に捧げられている感もあり、著者によるオリジナルの議論の深さという点では、やや物足りないうらみもある。もっとも、それは大きな問題ではないだろう。なんといっても本書は重要な洞察の宝庫であり、本邦初のトランスジェンダー・スタディーズの理論書なのだ。巻末の「訳者解説」は本書の解説にとどまらず、この領域自体の解説に充てられている。いま、トランスに対する著しく有害で差別的な「言論」がオンライン上の言説空間を跋扈している。本書をきっかけに、健全で活発な議論が積み上げられていくことを望む。
この記事の中でご紹介した本
身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック/以文社
身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック
著 者:ゲイル・サラモン
翻訳者:藤高 和輝
出版社:以文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「身体を引き受ける トランスジェンダーと物質性(マテリアリティ)のレトリック」出版社のホームページはこちら
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