塚本邦雄 寄稿 聖・同類項 三島由紀夫論――両断され相背く二つの半身 『週刊読書人』1973(昭和48)年2月19日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月24日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第965号)

塚本邦雄 寄稿
聖・同類項 三島由紀夫論――両断され相背く二つの半身
『週刊読書人』1973(昭和48)年2月19日号 1面掲載

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1973(昭和48)年
2月19日号1面より
49回目の「憂国忌」を期に、1973年に掲載された歌人・塚本邦雄による三島由紀夫論を公開する。三島由紀夫自選短篇集『獅子・孔雀』に収録された詩人・高橋睦郎の解題を切り口に三島における「異類」の概念を塚本が論じる。本稿は三島の衝撃の死からまだ2年少々の時期に執筆されたものであり、まだ事件の余韻が残る内容でもある。(2019年編集部)
第1回
全作品の頂点もしくは断崖

三島由紀夫全作品の頂点もしくは断崖を「金閣寺」におくという観方に従うならば、氏がその美学の急坂を颯爽と登り詰めたのは三十一歳であった。「花ざかりの森」の秘かな餞を置き、実質的なデビュー作「煙草」が「人間」に発表されてから十年後のことである。そして「金閣寺」の十年後のことである。そして「金閣寺」の十年後、「豊饒の海」の第一巻「春の雪」が霏霏と零りはじめ、共訳・神秘劇「聖セバスティアンの殉教」が成る。登り詰めた、あるいは燃え上った心の絶巓から氏が望見したものが、五年後の「憂国」その翌年の「十日の菊」または殉教を祀った年の「英霊の聲」の聖・如月殉国図であったことは疑うべくもない。金閣寺が烏有に帰した時から三島由紀夫の肉と魂は両断される。肉と魂に分たれるのではなく、それぞれが両断されて相背く二つの半身が歩み出すのだ。憂国の憂を眉間の縦皺とし、擬軍服の襟に頚を虐げて、恋闕の怒号と共にその半身は疾駆する。残された半身はなお異類、異形の者に後髪を曳かれつつ薄明の中を彷徨する。世に夥しい三島由紀夫の徒はそれ以後氏の姿を見喪い、いずれの半身にも蹤くことを躊躇しながら、四十五年霜月のカタストロフに遭遇するのであろう。私も亦中なる一人であったことは言うまでもない。
「聖セバスティアンの殉教」なる絵詞の上梓は勿論「仮面の告白」の存念に綺羅を飾って、氏がみずからの半身に献じたものである。三十八年「薔薇刑」で演じた代役を、作中人物に恭しく奉還した時、少なくともこの半身はこの世の事をほぼ畢っていた。異類異形の最高の象徴が同類同形となるまでの、これは宵宮儀式であり、セバスチャン・三島が殉教、殉国の血に塗れて恍惚と果てるまでにはさらに五年の歳月を要した。
氏にとって異類、異形とはなんであったか。「仮面の告白」第一章の、

……私が人生ではじめて出逢ったのは、これら異形いぎょうの幻影だった。それは実に巧まれた完全さをもって最初から私の前に立ったのだ。何一つ缺 けているものなしに。何ひとつ、後年の私が自分の意識や行動の源泉をそこに訪ねて、缺けているものもなしに。


と語られる対照、すなわち紺股引紅顔の若い糞尿汲取人、男装の殉国美談の少女ジャンヌ・ダルクの騎馬姿、黄金きんられた潮風さながらの汗の匂いを撒く兵士ら、さらに松旭斉天勝の艶姿、瞼をヘンナで染め雲母を刷いたクレオパトラ、童話の殺される王子、さては絵本、絵巻の若侍の切腹姿、悶絶する戦士らの総称であり、後には腋高に夏草の茂みをもつ級友近江、弓を引くヘラクレスに肖た幾何学教師と精選成長を遂げ、つひにこの作品の最終章で主人公を此岸に釘づけにする若者、晒の腹巻をのろのろと巻き直す粗野で無智な美しい獣にまで堕ちる、否昇華されるのだ。
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