『暮しの手帖』と花森安治の素顔  出版人に聞く ⑳ 書評|河津 一哉(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月16日 / 新聞掲載日:2016年12月16日(第3169号)

二人が語る花森安治像
類書にないエピソードが語られる

『暮しの手帖』と花森安治の素顔  出版人に聞く ⑳
出版社:論創社
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今年春から放映のNHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で「モチーフ」とされたことから、今年は大橋鎭子と花森安治、および「暮しの手帖」の関連書の出版が相次いだ。
既出資料を孫引きしただけの企画が多いなか、二井康雄『ぼくの花森安治』(CCCメディアハウス)と小榑雅章『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』(暮しの手帖社)は、編集部員として花森に接した人の回想だけあって興味深い。これまで、唐澤平吉『花森安治の編集室』(晶文社、文春文庫)を除けば、「暮しの手帖」の編集者の証言は非常に少なく、秘密のベールに覆われているようにさえ感じていた。

『「暮しの手帖」と花森安治の素顔』は、1957~83年に在籍した河津一哉氏と69~2009年に在籍した北村和之氏へのインタビュー集である。

「暮しの手帖」の創刊は1948年。河津氏を含め3人が入社したのはその9年後で、この年、同誌の売上は50万部に達している。初めての公募で、50名が応募したという。

この時期にスタッフを増やしたのは、54年にはじまった「商品テスト」に対応する目的もあったと思われる。ソックス、電気アイロン、石油ストーブなどの商品を取り上げ、各メーカーのいいところ、悪いところを明らかにした。あとで入社した北村氏は、電子レンジのテストで100種の料理を、ガス調理と比較して朝から晩まで食べ続け、「体調がおかしくなるほど」だった。

二人が語る花森像は、まさに、文章からデザイン、イラストまでを司る独裁者である。「いったん怒り出すと止まらず、とにかくみんなはうつむき加減で台風の通過するのをじっと待っているという感じだった」という。その反面、社員のことをよく見ており、身だしなみを注意したり、子どもが生まれると人形を贈ったりしている。会社というよりは家族のようだ。

従来あまり語られなかった営業面についての言及もある。

「私たちが書店を回ることを嫌がっていた」「暮しの手帖社の単行本は買切だという根強い噂があって、それは違いますと否定したけれど、誤解がとけず、書店から嫌われる要因になっていた」

書店に営業しなくても、売上は伸びていった。そこには、読者の根強い支持があった。取次ルート以外に、読者の定期購読や人へのプレゼントといった直販が1万部もあったという。

しかし、1978年に花森が急逝すると、「暮しの手帖」の部数は落ちはじめる。花森の独裁でつくられてきただけに、花森なき後のビジョンが描けなかったのだ。それとともに、同誌が戦後社会の大きな変化をとらえきれなかった。

「『暮しの手帖』の『暮し』とはデパートやスーパーや商店街での買物をすることを中心に想定されていましたが、それが郊外のロードサイドビジネスに移行し、『暮し』自体が変わり始めた。とりわけ生活はコンビニ、ファストフード、ファミレスを抜きにして語れなくなっていく」

その後、グリーンショップという通販会社や、自費出版部門を立ち上げるなどの苦闘が続く。
類書にないエピソードが語られる本書だけに、大橋鎭子やほかの社員がほとんど出てこないのが惜しまれる。このシリーズではおなじみの聞き手(小田光雄氏)の自論はもう少し抑えて、両氏の話をもっと引き出してほしかったと思う。
この記事の中でご紹介した本
『暮しの手帖』と花森安治の素顔  出版人に聞く  ⑳/論創社
『暮しの手帖』と花森安治の素顔  出版人に聞く ⑳
著 者:河津 一哉
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
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