礒崎純一・諏訪哲史対談 此岸にて美しき夢を見たること 『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月29日 / 新聞掲載日:2019年11月29日(第3317号)

礒崎純一・諏訪哲史対談
此岸にて美しき夢を見たること
『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』(白水社)

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「胎児で死んでも、八十で死んでも、おんなじだ。おんなじなんだ」。その年が最後となった花見の席で、盟友・出口裕弘にそう書いた紙を手渡したという文学者・澁澤龍彥。戦後日本で、フランス文学の紹介者として、翻訳家、小説家、エッセイスト、アンソロジストと、日本文学史上に唯一無二の足跡を残した異才の早過ぎる死から三十数年を経た令和元年十月、晩年の澁澤の謦咳に接した最後の編集者による評伝『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』(白水社)が刊行された。著者で編集者の礒崎純一氏と澁澤龍彥によって文学に導かれたという芥川賞作家の諏訪哲史氏による、〝シブサワ愛〟溢れる対談をお届けする。    (編集部)
第1回
最後の編集者と遅れてきた読者

諏訪 哲史氏
諏訪 
 今回の『龍彥親王航海記』(白水社)は、澁澤さんが生まれてから亡くなるまで、礒崎さんがお手間をかけて調べられたことと、ご自身が編集者として見聞きされたことが時系列で編まれていますが、この時系列の書き方がたいへんわかりやすくて、僕はここに自分の生きてきた歴史を重ね合わせて読むことが出来たんです。たとえば、第Ⅵ章に「4:昭和四四年/美学校/『怪奇小説傑作集4』/サド裁判最高裁判決/再婚/薔薇十字社」とありますが、僕はこの部分にこっそり鉛筆で「0歳 ここで僕が生まれる」と自分の個人史を書き込んでいます。このようにして自分がそのとき何歳だったかということを意識しながら読んでいって、澁澤さんと昭和史と自分の半生をリンクさせることが出来た。本当に同時代に、あの澁澤さんも生きていたんだなということが生々しくわかった。そういう本でした。
礒崎 
 ありがとうございます。私自身も澁澤さんに会ったのは最晩年の三年間だけなので、いろいろなことを一つ一つの点としては理解していたのが、今回時系列で書くことによって、なるほどこっちの方が先なのかとかその点と点が繋がって、自分でもびっくりしたことがたくさんありました。澁澤さんが亡くなったのは一九八七年ですが、私が最初にお目にかかったのが八三年の秋頃で、最後の八七年はご病気で会っていないので、関わったのは八三年から八六年までの三年間でした。実は私は鎌倉生まれで、実家が澁澤さんの家まで歩いて行けるくらいの距離なんです。後からわかったことですが、奥様の龍子さんとは年代は違いますが同じ小学校の出身でした。
諏訪 
 僕は高二から澁澤龍彥を読みはじめて、高三の時に澁澤さんが亡くなったのですが、大学は東京に出て、そこで真に尊敬できる文学者に会いたいという漠然とした文学少年の夢、思い込みがあったんです。澁澤さんが亡くなられていよいよ種村季弘さんだけしか僕の目指すところがなくなった。それで種村さんが教えておられる國學院大學に決め打ちで入ったというのが最初の経緯です。澁澤さんが教壇になど立っておられないことはむろん知っていたし、でもまだお若いから、上京さえすればいつかは会えるだろうと思っていたのですが結局会えなくなって。僕はこれだけ澁澤龍彥の影響下にありながらご本人に一度も会えていないという、澁澤読者としては一歩違いの、遅れてきた世代だと思います。
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この記事の中でご紹介した本
龍彥親王航海記 澁澤龍彥/白水社
龍彥親王航海記 澁澤龍彥
著 者:礒崎 純一
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
「龍彥親王航海記 澁澤龍彥」出版社のホームページはこちら
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