丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで 書評|西村 稔( 名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年11月30日 / 新聞掲載日:2019年11月29日(第3317号)

丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで 書評
近現代日本の教養思想の系譜を探求
豊富な資料を駆使して見出された新たな知見にあふれる

丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで
著 者:西村 稔
出版社: 名古屋大学出版会
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 A5版で五五〇頁を超える本書を前にして、多少とも丸山眞男の仕事に触れたことがある読者であれば、このようなボリュームで論じるほど丸山に「教養思想」というものがあるのか、という戸惑いを感じるのではないだろうか。著者も述べているように、「教養」について丸山が正面から論じた文章は存在しない。したがって、丸山の教養思想を「発見」することが本書の課題となる。

そのためにとられる手続きは、大正教養主義を指標とすることである。まず、阿部次郎と和辻哲郎に即して大正教養主義における教養思想の特徴が定式化され、和辻を通じた丸山への影響が追跡される(第四章第一節、第二章第三節)。さらに、「法学部教養派」と位置づけられる田中耕太郎と南原繁を通じても大正教養主義は丸山に影響を与えていたという(第四章第二・三節、第一章第三節)。こうして、丸山と大正教養主義が影響関係によって結びつけられているところから、教養思想という視角から丸山の言説に接近することが根拠づけられるとともに、その内容についても見通しが与えられる。

丸山に影響を与えた大正教養主義の特徴とされるのは、読書(特に西洋の古典の研究)を通じて自己陶冶をめざすことであったが、その目標が利己主義の克服や他者への愛とも関連していたため、他者の陶冶を含むものでもあった点が注目されている。つまり、執筆や教育などを通じて他者の向上をはかる営みも教養思想とされるわけであり、丸山の知的営為の多くがその範囲に入ってくることになる。本書の議論は、他者(そして社会)のために丸山が何を述べたか、そしてそれをどのような仕方で(どのような立場から)述べたか、という内容面と方式面に大きく分けることができ、それぞれについて時代的変遷が丹念に辿られている。

内容面を主に扱うのが第二章「欧化問題から原型へ」と第三章「丸山の欧化主義」であり、さらに丸山に対する大正教養主義の影響を論じた第四章が「欧化論と教養思想」と題されていることからも明らかなように、大正教養主義と丸山の教養思想には「欧化」を重視したという共通性が見出されている。もちろん、丸山の欧化主義が大正教養主義の単なる焼き直しだったとされているわけではない。当初は「内発性」の重視を基調としていた丸山の欧化主義は、やがて二つの顕著な特徴を帯びるようになる。その一つは「世界の中の日本」を前提とする福沢諭吉のナショナリズムと、「日本の中の世界」を強調する内村鑑三のコスモポリタニズムに遡る「普遍主義」であり、もう一つは社会に対して働きかけ、ヨーロッパ精神と対決し、決断・選択する「主体性」であった。その上で、「世界と日本」という枠組を前提とする大正教養主義の「日本の世界史的使命」の観念や「東西文化の融合」論に、日本の特殊性を温存しようとする「疑似普遍主義」を見出した丸山による批判が紹介されている。

他者の陶冶という教養思想における方式面が扱われているのは、第一章「戦後の学問と知識人」と第五章「知識人から学者へ」である。戦後の丸山について著者は、六〇年安保の頃を境として、ジャーナリズムに時事論文を執筆していた時期と、専門である日本思想史研究に専念しようとした時期に区別し、前半期における丸山の立場を知識人、後半期の立場を学者として捉えようとする。ただし、知識人と学者は截然と区別されているわけではない。知識人は「多くの場合学問から栄養を摂取しつつも、学問固有の制約を受けずに、社会のため、民衆のために活動することができる」と丸山は考えていたとされるからである(一〇頁)。学問には固有のルールがあり、「ザハリヒな認識」に徹し、直接的には学問世界の発展をめざすことが「学問自身の社会的使命」である。しかし、このことを通じて間接的に他者や社会の役に立つのであり、その意味で学問もまた著者のいう教養の一方式にあたり、学者は教養を実践する立場の一つとして位置づけられる。
知識人から学者への重点移動という他者向上のための方式面における変化に、内容面で対応しているとされるのが一九六〇年代に登場する「原型」論である。これは、克服されるべきものを学問的に認識しようとする試みであり、前述した「普遍主義」や「主体性」論の前提としての意味をもっている。

そして、この後半期の学問論と、学者としての立場からする他者や社会に対する働きかけに関する議論を分析した第五章が、本書で最も興味深い部分だといえる。この時期の丸山は、人間の行動様式や人間関係における「型」や「形式」がもつ意義を繰り返し強調しているが、学問という営みにおいても事情は同様であった。著者はそれを、型や形式そのものをエンジョイするという意味での「あそび」の精神を含むものとして捉え、それまでの「変革のための学問」から「遊びとしての学問」(認識すること自体の面白さや好奇心を原動力とする学問のあり方)へという丸山の学問論の展開と結びつけている。重要なことは、この「遊びとしての学問」が、その担い手の人間形成にも資するものとされていた点である。身の回りから主体的に問題を発見・設定して取り組んでいく――さらにそれを他者との対話を通じて行う――という態度を培うために、丸山はまさに人々との直接的な対話の実践を重視していった。著者が「発見」した丸山の教養思想の到達点は、このようなものであった。
丸山眞男の言説を教養思想という観点から接近する必然性については疑問なしとしないが、近現代日本における教養思想の系譜を探求する研究の一部として丸山に焦点を合わせたものとして捉えるならば、豊富な資料を駆使して見出された新たな知見にあふれており、裨益する所が大変に多い。丸山に限らず、さまざまな関心をもつ読者に手にとっていただきたい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで/ 名古屋大学出版会
丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで
著 者:西村 稔
出版社: 名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「丸山眞男の教養思想 学問と政治のはざまで」出版社のホームページはこちら
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