シンコ・エスキーナス街の罠 書評|マリオ・バルガス=リョサ(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年11月30日 / 新聞掲載日:2019年11月29日(第3317号)

シンコ・エスキーナス街の罠 書評
マッチョで暴力的でフェミニン
通俗を恐れない作家、ひたすら面白い悪漢小説

シンコ・エスキーナス街の罠
著 者:マリオ・バルガス=リョサ
翻訳者:田村 さと子
出版社:河出書房新社
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 2年ぶりにノーベル文学賞が発表され、ペーター・ハントケとオルガ・トカルチュクが受賞した。ボブ・ディランやカズオ・イシグロのポップ路線から一転、欧州文学プロパー返りで、我が国では今や秋の風物詩〈村上春樹、またも残念⁉〉祭り――ハルキさんの受賞はいっそう遠のいた、との観測である。

文学プロパー、つまり海外の現代文学(純文学及び前衛文学)を読み慣れている者にしか理解不能、初心者にはさっぱり歯が立たない。つまり、面白くない! これが近年のノーベル文学賞作家らの小説に対する世評である。いや、そうだろうか? マリオ・バルガス=リョサがいるではないか! 2010年、ノーベル文学賞受賞。南米ペルー出身。1936年生まれ(大江健三郎や古井由吉と同世代だ)。このバルガス=リョサの小説が、まあ、面白い。初期の代表作『緑の家』や『ラ・カテドラルでの対話』(昨年、岩波文庫で旦敬介による新訳が出た)では、複雑な物語構成や会話間の唐突な時間のジャンプ等、ビギナー読者を大いにとまどわせもするだろう。だが、近年の作品は、ひたすら面白い!

独裁者の暗殺をめぐるサスペンス『チボの狂宴』、運命の女にめためた振り廻される『悪い娘の悪戯』、画家ゴーギャンと祖母の革命家フローラを交互に描く『楽園への道』……そういや抱腹絶倒のラジオ作家の悲喜劇『フリアとシナリオライター』は、ピーター・フォークやキアヌ・リーブス出演のアメリカ映画にもなってたっけ(邦題は『ラジオタウンで恋をして』!)。

さて、最新作『シンコ・エスキーナス街の罠』である。冒頭、いきなり主婦どうしのレズビアン・シーンとなり、あっ!とびっくり。

〈……ひたむきにむさぼるように、はじめは唇に、それから口を開いて舌を絡ませ、唾液を混ぜ合わせながら、キスをしている間に、それぞれの手は相手からネグリジェを脱がせて――剥ぎ取って――裸になって絡み合った。二人は一方から反対側へと転がりながら、胸を愛撫し合い、そこにキスし合い、続いて互いの腋の下や腹に口づけしたが、その間、それぞれが相手の性器をせわしなく愛撫していて、限りなく無限に激しく、そこがぴくぴく動いているのを感じていた〉

いや〜、相当に濃厚だ。これ発表した時、リョサは80歳(!)、まったく枯れていない。今からでも充分に渡辺淳一文学賞が取れそうだ(……取りたくないか?〈笑〉)。

で、レズ主婦のチャベラの亭主エンリケってのが実業家の大富豪で、乱交パーティーですっ裸で娼婦らとくんずほぐれつの隠し撮り写真を、スキャンダル雑誌の編集長に突きつけられ脅される。エンリケが泣きつくのが親友の弁護士ルシアノで、彼の妻のマリサこそ、なんとレズ主婦のもう一方。つまり親友の妻どうしがレズ行為に耽ってるという次第。

これが物語の大枠だ。が、「額に皺を寄せ、ネズミのような微笑み」を見せる脅し記者=ロランド・ガロってのが、まあ、卑しい男でね、これでもかとばかりに薄汚なく描写され、や、むしろ腕によりをかける作家の筆は、こっちのピカロ(悪漢)を描くほうが喜んでいるようだ。ガロの編集室は〝ゴシップの洞穴〟と称され、部下のラ・レタキータって小柄な女性は、ゴシップをあさるのが本能の動物みたいでね、さらにはこの雑誌の標的になり、貧民街に身を落とした元詩人とか、ガロにつけ狙われる年増のダンサーとか……。

〈あのブス女の宣伝をするわけでも、あの女の手当を上げてやるわけでもない。あの女を陥れて汚し、永遠に評判を落とすことだ。ブスで年増で尻の動かし方も知らないから、ショーから追い出すようにすることだ〉

って、おいおい、この#MeTooの御時勢に、いいのか、ノーベル賞作家さんよ!

19世紀の小説を想起する、ほら、バルザックの『ゴリオ爺さん』のヴォートランとか、ディケンズの『オリバー・ツイスト』とか、猥雑な下層街を過剰なまでの異形キャラがわさわさとうごめく。少年時代、騎士道小説を読み耽って物語の面白さにめざめたリョサは、通俗を恐れない。世界的ベストセラーのエンタメ小説『ミレニアム』に秋元康と並んで絶賛評を寄せるような男なのだ。

物語は終盤、意外な黒幕が登場する。政権中枢の手先であるドクトルとは、実在の人物であるらしい。この政権の長こそが、1990年の大統領選挙でリョサが敗れた、そう、アルベルト・フジモリなのだ。この物語は、フジモリ政権下の暗黒面を描いてもいる。政治で負けたリョサの文学によるしっぺ返しでもあるまいが。大統領選挙に敗れ、ノーベル賞を取り、あのガルシア=マルケスにパンチを食らわせKOし、女性どうしの精妙な性愛描写に腕をふるう――バルガス=リョサは、マッチョで暴力的でフェミニンな……めっぽう面白い小説を書く作家だ。ちなみに訳者の田村さと子氏の小学校から新宮高校までの同級生が、中上健次で、中上もまたマッチョで暴力的でフェミニンな作家だった。存命ならノーベル文学賞候補となったのは確実だろう。文学でも、こぶしでも、リョサと殴り合ってほしかった。
この記事の中でご紹介した本
シンコ・エスキーナス街の罠/河出書房新社
シンコ・エスキーナス街の罠
著 者:マリオ・バルガス=リョサ
翻訳者:田村 さと子
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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