柳田国男 感じたるまゝ 書評|鶴見 太郎(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月7日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

柳田国男 感じたるまゝ 書評
独自な達成を成し遂げる
最新の研究や成果を取り込んだ堅実な評伝

柳田国男 感じたるまゝ
著 者:鶴見 太郎
出版社:ミネルヴァ書房
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柳田国男生前の一九六二年から刊行が始まった『定本柳田国男集』(筑摩書房)には月報が入り、多くの関係者が思い出を寄せた。だが、柳田国男研究はタブーであり、本格的な研究が始まったのは亡くなってからだった。その際、足元の民俗学では柳田国男以後を標榜して、学史の中に封印してしまった。むしろ、その意義を高く評価したのは思想史をはじめとする他領域の人々であった。

以来、半世紀あまりが経過して、その間に膨大な柳田国男研究が蓄積された。『定本柳田国男集』は「総索引」(実際は主要語句索引)が付いたので、著作全体を引いて読むことができるようになり、「書誌」「年譜」を合わせれば誰でも研究に参加することができた。一方では、そこに収録されなかった文章の発掘も熱心に行われ、新たな研究を開拓した。やがて柳田批判と柳田擁護で二分され、研究は硬直化に陥ってしまうことになる。
それに対して本書の著者は、『柳田国男とその弟子たち』(人文書院、一九九八年)や『橋浦泰雄伝』(晶文社、二〇〇〇年)で、柳田国男の傍に集まった弟子たちに注目した。具体的な資料の分析を通して、保守主義者とされる柳田がマルクス主義者やプロレタリア運動家の受け皿となった状況を明らかにし、閉塞した研究に風穴を空けた。
ちょうど同じ時期の一九九七年に『柳田国男全集』(筑摩書房)の刊行が始まった。初版本や初出の雑誌・新聞に遡って、柳田国男のテクストの生成を組み込む全集の構築を図った。予想以上の時間を費やしたが、やっと着地点が見えてきて、小田富英の労作「年譜」も別巻として刊行された。柳田国男の伝記研究は、後藤総一郎監修・柳田国男研究会編著の『柳田国男伝』(三一書房、一九八八年)の次の段階に入ったと言っていい。

そうした状況の中で書かれた本書は堅実な評伝で、最新の研究や『柳田国男全集』の成果を取り込んで書き下ろされている。思えば著者は近年、柳田国男を近代思想史の一齣に位置づけるような出版を重ねてきた。著書『座談の思想』(新潮社、二〇一三年)や編著『日常からの挑戦』(岩波書店、二〇一六年)である。本書はその蓄積を生かして、柳田国男の「座談」を引用し、「日常」を評価するところで独自な達成を成し遂げている。
それにしても柳田国男の伝記を考える際に厄介なのは、『故郷七十年』(のじぎく文庫、一九五九年)である。これは晩年になって口述した自伝であり、年譜では知られないエピソードがあふれている。だが、「多くは幼少期から柳田に伴走してあったものを再論したものといってよい」と言い切るには懸念が残る。民俗学を確立し、功成り名を遂げた者の自伝というバイアスがかかっていることは否定できない。そして何よりも、柳田自身が自分の人生を合理化し、後世に書かれる伝記を誘導していることを見抜く必要があるだろう。
従って、「個人の体験、記憶を織り込んだ記述が読者にとって時代を隔てていながら、同時に読み手が共感できるものである」という柳田の認識は楽観的ではないかと思われる。確かに、柳田の文章は日本の各地で暮らす人々の生活が日本の歴史につながる回路を用意して、多くの読者を得た。だが、柳田が書いた生活は「日常」から急速に消え、もはやその文章にしか存在しなくなっている。古典になりつつある柳田国男を読むことは日増しに難しくなっているが、本書にはそうした危機感は乏しいように感じられる。
この記事の中でご紹介した本
柳田国男 感じたるまゝ/ミネルヴァ書房
柳田国男 感じたるまゝ
著 者:鶴見 太郎
出版社:ミネルヴァ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「柳田国男 感じたるまゝ」出版社のホームページはこちら
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