シリア 震える橋を渡って 人々は語る 書評|ウェンディ・パールマン(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月7日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

シリア 震える橋を渡って 人々は語る 書評
シリア避難民たちのポリフォニー
比類なき一冊、大量の死者を背負うサバイバーたちの証言

シリア 震える橋を渡って 人々は語る
著 者:ウェンディ・パールマン
翻訳者:安田 菜津紀、佐藤 慧
出版社:岩波書店
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 本書は二〇一一年に始まるシリアの民衆革命とその挫折、複合的内戦と大規模難民化を主題とした書物であるが、比類のない一冊である。著者の文章は概説的な序文のみで、本文はすべてシリア人の証言で構成されている。著者は本文の中には一切の言葉を挟み込んでいない。だがこの本はたんなる「証言集」ではない。著者の一貫した方針によって証言の山は整理され、独裁体制の成立期から民衆革命の失敗と内戦期を経て大量の難民化にいたるまでのシリアの長期的変貌を描き出している。しかも、言わば「ポリフォニー(多声/対位法)」を響かせることによって、シリア社会を立体的に見せてくれるのだ。その手法は見事と言うほかない。

本書を開くと、序文にも目次にも先立って、まずは登場する証言者八七人の紹介がなされている。
アイハム ウェブ開発者。ダマスカス出身。二〇一六年六月一二日、デンマークのコペンハーゲンにてインタビュー。

といった具合に、名前(仮名を含む)、職業や所属、出身地、インタビューの日付と場所が、八七人全員分について六頁分にわたって本書の冒頭に記載されている。事実上この証言者たちがこの本の「著者」でもあると言わんばかりだ。この一覧からも明らかなのだが、証言者は全員シリアを脱出した避難者である。序文で著者が述べるように、このインタビューは革命が内戦へと転落して以降の二〇一二年から二〇一六年にかけて、シリアに隣接するヨルダン、レバノン、トルコ、そしてヨーロッパのドイツ、スウェーデン、デンマーク、著者の居住するアメリカ合衆国で、シリアからの避難者ばかり数百人から取られたものからの抜粋である。

特筆すべき第一は、著者ウェンディ・パールマンが卓越したアラビア語の使い手であり、アラブ諸国に通算二〇年以上の在住歴をもつ研究者であることだ。パレスチナ/イスラエル問題に関する著書も二冊刊行している。著者のアラビア語能力と長期在住の経験は、本書における証言者との密接な信頼関係づくりに確実に結びついている。並の研究者とはわけが違う。

第二に、膨大なインタビューから八七人の証言を選びとるだけでなく、それを独裁政権、革命前夜、革命運動期、政府の弾圧、武装抵抗、内戦下の生活、国外避難・亡命、といった具合に時期と主題を分けて、一人のインタビューでも内容に応じてそれを分割し、それぞれのパートで繰り返し登場させ語らせていることだ。著者はそれについて「モザイク画」という比喩を用いるが、多層的でときに矛盾や対立する人びとの動きを浮き彫りにするところは、むしろ「動く立体モザイクアート」と言ったほうが適確だろう。

そこから強く伝わるのは、生身の人間の内面の葛藤と苦渋の決断であり、残るも地獄、去るも地獄というシリア人たちの置かれた苦境である。彼らも私たちと同じように、故郷の親族や友人を気遣い、文化に愛着を持ち、自由と公正を求めながら、日々の営みを重ねてきた。彼らの日常の中には宗教・宗派の対立など微塵もなかった。社会の崩壊を招いたのは、独裁政権であり、外部から介入してきた米ロの大国と周辺諸国と武装勢力であった。証言者たちの声はそのすべてに対して批判的であった。

読み進めていて息苦しくなるのは、やはり警察による収監・拷問の証言と、そして命がけでの密航脱出の証言である。ページから血と汚物の臭いが漂ってくるかのようだ。サバイバーの証言は当然、その背後に大量の死者を背負っている。人間であることを否定された人びとが、しかしそれでもなおかろうじて人間の言葉を伝えてくれている。

最後に一つの証言を引こう。アレッポからトルコに移住したタリアの言葉、「全てのシリア人、それぞれが、ひとつの物語なのです」(二二四頁)。その物語の橋渡しをしてくれたのが著者パールマンであり、そして日本語に橋渡しをしてくれたのが訳者の二人である。奇跡的な一冊だと思う。
この記事の中でご紹介した本
シリア 震える橋を渡って 人々は語る/岩波書店
シリア 震える橋を渡って 人々は語る
著 者:ウェンディ・パールマン
翻訳者:安田 菜津紀、佐藤 慧
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「シリア 震える橋を渡って 人々は語る」出版社のホームページはこちら
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