図説 ヨーロッパから見た狼の文化史 書評|ミシェル・パストゥロー( 原書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月7日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

図説 ヨーロッパから見た狼の文化史 書評
〈狼〉をめぐるイマジネールの変遷
いつの時代も人間の都合に振り回されてきた野獣

図説 ヨーロッパから見た狼の文化史
著 者:ミシェル・パストゥロー
翻訳者:蔵持 不三也
出版社: 原書房
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 本書は、狼をめぐる長期的な文化史であり、パストゥロー動物文化史の最新作である。われわれの社会には常に動物世界のイマジネールが存在し、それは時代ごとに、伝説や神話、造形表現、シンボルを形成してきた。

古代の狼は、恐ろしい力をもつ野獣として畏怖され人々の守護獣にもなった。狼は、ギリシアでは神々の眷属であり、北欧では戦士は狼の皮をまとうことで無敵の力を手に入れた。また、古代ローマでは、町の起源神話として雌狼に授乳された二人の子ども―ロムルスとレムス―の姿が貨幣や記念碑に刻まれた。だが、キリスト教は狼を「悪魔」として否定したため、ヨーロッパの狼は長らく負性を帯びた獣であり、残虐で貪欲、ずる賢く不信心で、偽善の化身、ときに愚かで嘲笑すべき動物とみなされてきた。

よこしまな狼のイメージは、四~十世紀に生まれた。理由の一つは、ギリシア・ローマ世界に比べ、人間の環境制御が上手くいかなかったからだ。五~十世紀に気候変動があり、飢餓や疾病、人口減少、耕作地の荒廃、林や森、荒地が増加した。その結果、飢えた野生動物が村里に近寄る機会が増え、狼はより脅威な存在となった。王族は狩狼官を設け、領主たちは狩り出しをした。また、その多くが聖職者であった当時の著作家は、狼を悪魔とみなし、その狼を退治する聖人伝が繰り返し語られた。

中世には他にも動物誌や狩猟論、寓話集などが大量に編まれた。それらは、キリスト教世界、とくに悪魔や悪霊、罪深き人間を語るために動物を利用したもので、その生態や行動様式から道徳的・宗教的教訓を引き出した。例えば、『狐物語』や『赤頭巾ちゃん』などであるが、狼は、ライオンや狐とともに寓話の三大スターであった。また、十二~十三世紀には人狼(狼男)の話も多くなされたという。

十五~十八世紀、再びヨーロッパ各地で飢饉、疫病、戦争が重なると、飢えた狼は人間を襲い、兵士の死体をむさぼった。腹を空かせた狼たちは村に出没し、家畜を襲った。狼に対する恐怖心は日常生活の一部となり、それは十九世紀まで続いた。

このような時代に、「ジェヴォーダンの獣」が出現する。十八~十九世紀にわたる怪物狼のフォークロアである。一七六四年、「大きな狼に似ているが、狼ではない」獣に牛飼いの娘が襲われた。フランス南部、現在のロゼール県北部の山岳森林地帯のジェヴォーダン一帯には狼が多く生息していた。怪物は、狼、犬、猪、雄牛、ライオン、熊、虎、ハイエナを合成した獣として版画に刷られた。王国を震撼させ狩りが組織された。だが、被害は後を絶たず不死身と噂された。それは集団的恐怖現象であり、フランス革命前後の社会的危機と混乱の中で、書物や版画の流布を通じて産み落とされた怪物であった。

では、現代はどうか。十九世紀末から狼は、ほとんど農村部を徘徊することもなく、狂犬病に有効なワクチンも開発された。狼は日常生活のみならず、想像力の世界でも目立たなくなる。脱神話化され、穏やかとなった狼は少年少女向け文学、幼児向け絵本、アニメ、テレビゲームなどに登場し、再評価される。邪悪な狼から勇敢で模範的な狼も現れるようになった。近年では、狼の再導入をめぐり、動物保護運動家と牧畜関係者とのあいだに新たな論争も生まれているが、この「野獣」が、いつの時代も人間の都合に振り回されてきた事態は変わらないようだ。
この記事の中でご紹介した本
図説 ヨーロッパから見た狼の文化史/ 原書房
図説 ヨーロッパから見た狼の文化史
著 者:ミシェル・パストゥロー
翻訳者:蔵持 不三也
出版社: 原書房
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蔵持 不三也
蔵持 不三也(くらもちふみや)早稲田大学名誉教授
1946年栃木県今市市(現日光市)生。早稲田大学第1文学部仏文専攻卒業。パリ第4大学(ソルボンヌ大学)修士課程修了(比較文化専攻)。社会科学高等研究院博士課程修了(民族学専攻)。モンペリエ大学客員教授。早稲田大学人間科学学術院教授を経て現在、早稲田大学名誉教授。 著書:『ワインの民族誌』(筑摩書房)、『シャリヴァリ―民衆文化の修辞学』(同文館)、『ペストの文化誌―ヨーロッパの民衆文化と疫病』(朝日新聞社)、『シャルラタン―歴史と諧謔の仕掛人たち』、『英雄の表徴』(以上、新評論)ほか多数。 共・編著・監修:『ヨーロッパの祝祭』(河出書房新社)、『神話・象徴・イメージ』(原書房)、『エコ・イマジネール―文化の生態系と人類学的眺望』、『医食の文化学』、『ヨーロッパ民衆文化の想像力』、『文化の遠近法』(以上言叢社)ほか多数 翻訳・共訳:エミール・バンヴェニスト『インド=ヨーロッパ諸制度語彙集』(全2巻、言叢社)、A・ルロワーグーラン『世界の根源』(言叢社、文庫版・ちくま学芸文庫)、ベルナール・ステファヌ『図説パリの街路歴史物語』(2巻)、同『パリ地名大事典』、ニコル・ルメートルほか『図説キリスト教文化事典』、アンリ・タンクほか『ラルース版世界宗教大図鑑』、ミシェル・パストゥルー『赤の歴史文化図鑑』(以上、原書房)、マーティン・ライアンズ『本の歴史文化図鑑』、ダイアナ・ニューオールほか『世界の文様歴史文化図鑑』、フィリップ・パーカー『世界の交易ルート大図鑑』(以上柊風舎)ほか多数。
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