「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学 書評|マルクス・ガブリエル( 講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月7日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学 書評
神経中心主義から精神の自由を擁護する
哲学界の「学級委員長」マルクス・ガブリエルの表明

「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学
著 者:マルクス・ガブリエル
翻訳者:姫田 多佳子
出版社: 講談社
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 マルクス・ガブリエルは、学級委員長のような人だと思う。

ガブリエルは「新しい実在論」という立場を提唱するが、それよりも数年前に現われ、一足先に一大ブームとなった哲学的潮流に「思弁的実在論」がある。思弁的実在論は、カンタン・メイヤスーの著作をきっかけに生まれ、グレアム・ハーマンがその潮流の牽引役を担った。彼らの主張のうちには、ある種の狂気を見て取ることができる。

たとえばハーマンは、あらゆる対象が空虚の彼方へと引きこもっていると主張する。対象どうしのあいだには乗り越え不可能な断絶があり、たとえぶつかりあったとしても、それらが直接的に触れあうことはない。またメイヤスーは、世界の絶対的な偶然性を主張する。いま現にあるあり方は、たんに事実としてそうなっているだけであり、そこにはいかなる理由もない。したがって、つぎの瞬間には、自然法則でさえもまったくべつのあり方に変化するかもしれないのだ。このように、思弁的実在論の論者たちが展開する理論のうちには、一種の奇妙さがある。それゆえにハーマンは、思弁的実在論は「怪奇実在論」だと述べている。

他方で、ガブリエルの主張のうちには、こうした奇妙さはない。ベストセラー本のタイトルにもなっている「世界は存在しない」という彼の中心的なテーゼは、いっけん奇妙な主張であるかのように見える。だが、このテーゼが意味するのは、すべてをそのうちに押し込めることのできる単一の「世界」なんてものは存在しない、ということだ。どんな対象も、特定の文脈―ガブリエルの用語で言えば「意味の場」―のうちで生じる。対象は無数に存在し、それらが現出する意味の場もまた無数に存在する。これらすべての意味の場を、たったひとつの「世界」のうちへと含み込むことはけっしてできない。もっと言えば、自然科学によって説明可能な「世界」のうちに、わたしたちが出会う対象のすべてを押し込めることなどけっしてできないのだ。これは、ハーマンやメイヤスーのものにくらべれば、はるかにまっとうな主張である。

また、NHKのドキュメンタリー番組「欲望の時代の哲学」に出演した際のガブリエルのことばは、ひとつひとつがストレートな正しさと希望に満ちあふれていた。

わたしたちは、このように狂いのない正しさを躊躇なく表明することのできる人物を「学級委員長」と呼ぶだろう。哲学界の学級委員長、マルクス・ガブリエル。そんな彼が本書において表明するのは、「「私」は脳ではない」というメッセージである。台頭する神経科学に立ち向かい、精神の自由を擁護することが本書の目的だ。

ガブリエルは、わたしたちの精神を脳や神経の働きへと還元しようとする立場を、(ヨーロッパ中心主義をもじって)「神経中心主義」と名づける。この神経中心主義が、本書における主要な論敵となる。今日では、日常生活のいたるところに神経科学や脳科学の成果が浸透している。日本でもたとえば、「脳が喜ぶ」といった謳い文句が踊る書籍が数多く出版されているだろう(いつから、喜ぶ主体は「私」ではなく、「脳」になってしまったのか)。このように、脳科学と資本主義は結託し、わたしたちに対して「あなたは脳である」と日常的に語りかけてきているのだ。わたしたちの学級委員長は、こうした神経中心主義のイデオロギーに正論をはなち立ち向かう。

本書でガブリエルがとる戦略は、まっすぐな論証ではない。そもそも本書が想定する読者は、哲学の専門家ではなく一般の人々である。そうした人々に対して、哲学的な論証をまっすぐと積み重ねていくような語り方はあまり効果的ではないだろう。本書は、神経中心主義によって「あなたは脳である」と言われつづけてきた人々に対して、反対に「あなたは脳ではない」というメッセージをおなじぐらいに大量に送りつづける。哲学の世界では、意識や精神を脳状態に還元することはできないという議論が多くなされている。本書は、こうしたさまざまなトピックをつぎつぎと繰り出すことによって、徐々に神経中心主義のおかしさに気づくように読者を導いていく。
この記事の中でご紹介した本
「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学/ 講談社
「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学
著 者:マルクス・ガブリエル
翻訳者:姫田 多佳子
出版社: 講談社
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