赤坂憲雄×切通理作 対談 豊饒で深淵な思索の旅へ 『ナウシカ考 風の谷の黙示録』(岩波書店)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月6日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

赤坂憲雄×切通理作 対談
豊饒で深淵な思索の旅へ
『ナウシカ考 風の谷の黙示録』(岩波書店)刊行を機に

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第5回
善悪対峙の消失

赤坂 憲雄氏
赤坂 
ただ、一方で宮崎さんの作品からは、善悪の対峙の構図が次第に消えていきますよね。善と悪、光と闇の戦いをはっきり描いているのは、『未来少年コナン』(一九七八)から『カリオストロの城』くらいまでではないでしょうか。

『ナウシカ』完結後に作られた『もののけ姫』(一九九七)のエボシ御前は、火を使うけれど悪としては描かれていません。アニメ版の『ナウシカ』のトルメキア皇女クシャナは、まだ火を使う者として悪の側に配されていたかもしれませんが、その後裔のような存在、エボシ御前はもはや悪を身にまとっていない。『もののけ姫』でも世界は滅びますが、その滅びは再生に向けてつながっていくものです。  また、先ほど『ナウシカ』の「火」に注目しましたが、『もののけ姫』では「人間が火をどう扱い、火とどう共生していくか」が描かれています。『ナウシカ』の悪を生み出す火とは少し主題が違います。火をめぐるテーマで宮崎さんの作品を眺めると、火は人間にとってどういうものなのかという、思索の変遷が見えてくる気がします。
切通 
「火」を主題に宮崎さんの作品を考えたとき、高畑勲さんと制作したアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』(一九六八)が思い浮かびます。そこでは、火を扱い武器を製造する鍛冶屋が非常に尊い存在として描かれていました。それが『もののけ姫』になると、もう少し複雑な様相を帯びてきますよね。

エボシ御前はタタラ製鉄のために森を開拓しようとしますが、そのために森側の立場であるヒロインのサンと対立する。シシ神がいなくなった森も完全に再生したわけではありませんし、サンは最後まで人間を許せない。『もののけ姫』以後の作品には、そういうことに対する達観が出てきた感じがあります。この二つの作品の間にマンガ版『ナウシカ』を置いてみると、マンガ版完結以前/以後の違いや、善悪対峙のテーマの消失についてよく分かります。作品と出会った当初は見えていなかったものが、時代を経ることで分かるようになるのはとても面白いですね。
赤坂 
亡くなった中上健次さんが以前どこかで、「絶対的な悪が消えてしまった世界、差別が厳しい形で存在しない場所で、どうやって物語が成立するのか」という主旨のことを書かれていました。そのような悪も差別も沈められた世界を描いた作品で、いかに読み手にカタルシスを与えられるか。これは、作り手にとって大きな問題です。マンガ版『ナウシカ』はその問いを、真っ向から引き受けた作品だと思います。

僕はマンガ版『ナウシカ』を文学、その中でも古典のように読んでみたいと考えています。「裏を読む」とか、「隠されたメッセージを読み取る」といった言葉がありますが、僕はそういう考え方には馴染めない。仮に作家が、同時代の人へ向けてのメッセージを作品に込めていたとしても、そうしたメッセージにあまり興味が持てません。作品自体が、五十年後百年後でも読まれるべきテクストとして強度を持っているとしたら、それは作品がすでに作者の外部であったからではないか。

例えば『源氏物語』に、隠されたメッセージを読み解こうなんてする人はいませんし、『カラマーゾフの兄弟』にしても同じです。だから、あえてマンガ版を古典として、裏読みとは無縁のところ、突き抜けた場所で読みたいと思ったんですね。 こうした読み方は、もしかすると「読むことの暴力性」を抱え込んでいるかもしれません。けれど、僕は作品は読者に提示された時点で、作者にとっては他者であり、外部であるべきであると考えています。
切通 
それに、隠されず堂々と書かれているのに、こちらが気付かずに読み飛ばしてしまう部分だってありますよね。最初から作品の中にあるのに、それが何を意味するのか、かなり後になって気づくことがある。そもそも、作り手が考えていることが作品の全てでもないはずです。この考え方は、赤坂さんがおっしゃった「読むことの暴力性」につながる話なのかもしれないですけれど。

作品と作者、メッセージや思いについては、宮崎さんが興味深いことを言っています。自分が考えていることや、発見したり確信を持ったことを、ナウシカに語らせる。それを禁欲した部分があったと。主人公と宮崎さんが完全に同化してしまうと、単なる代弁者になてしまうので、それを戒めたのでしょう。
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この記事の中でご紹介した本
ナウシカ考 風の谷の黙示録/岩波書店
ナウシカ考 風の谷の黙示録
著 者:赤坂 憲雄
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「ナウシカ考 風の谷の黙示録」出版社のホームページはこちら
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