中平卓馬をめぐる 50年目の日記(35)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年12月9日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(35)

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原稿依頼も一段落したので、その報告や顛末を話したくて中平さんといつもの喫茶店で落ち合った。

するとその日は森山大道さんもいる。「今日はどうしたんですか」と聞くと、「これから東松照明に会いに行くんだ。一緒に行こうよ」と言う。

私は東松さんにきちんと会うのは初めてだった。中平さんの編集者時代に編集部で見かけたことはあったものの挨拶もしていない。東松さんが新宿にいることも知らなかったから吃驚した。そして信奉する写真家の一人である東松さんに会える日に出くわしたことを喜んだ。

けれども二人の表情や振る舞いに何か快活さがない。何かあったんだろうかと思いを巡らしながら、当時河田町にあったフジテレビや東京女子医大にも近いマンションに着いた。

いまでいう1LDK、単身者用の間取りだったように記憶しているが、東松さんは静かに「いらっしゃい」と言って迎え入れてくれた。

ほとんど笑い声の湧かない時間が過ぎて、中平さんが意を決めたかのように訪問の趣旨を口にした。
「何か仕事、ないでしょうか」

ああこれが今日のテーマだったのかと、私は二人の元気のない様子に合点がいった。東松さんは厳しい表情ですかさず答えた。
「アサヒグラフでご活躍じゃないか、二人とも」「いやあれももうすぐ終わるんです」

すると東松さんは柔和な表情になり、「こういう時こそいちばんいい写真が撮れるんだよ。欠乏こそ最高のカンフル剤だ」と優しく言った。私にはその優しい言い方が脅しのように聞こえた。

東松さんを訪ねたテーマはそこで終わった。少し間を置いて彼は胡座をかいて座っていた畳から立ち上がって、後ろにたくさん積み上げられた本の包みをヨッコイショと持ってきた。「それよりこれを頼むよ。届いたばかりなんだ」と、写真集『日本』をくるんだ製本屋からのハトロン紙の包みを破りながら言うのだった。そしてこれを「手分けして売ってくれ」と。

三人に一冊ずつ手渡されて、表紙を開くと、たちまちにして私はそのすばらしさに気持ちが弾んだ。だが浸る間もなく彼は「ああサインをしよう」、と私からそして二人からももう一度受け戻して、万年筆でサインをした。「キミはどういう名前かな」というので答えると、「ああ、お姉さんの弟さんか」とニッコリして「大学仲間に売ってくださいよ」と言い、さらに「今日は二〇冊くらい持って行きますか。持てるよね、重いけど」と追い打ちをかけられて断る間もなかった。彼はサインのインクの乾いたのを確かめて「一割引にしますから」と言い、私たちはそれぞれが一冊ずつその場で買わされることになってしまった。たぶん三人ともにほとんど入っていないポケットの中が空になった筈だ。

帰り道は両手にずっしりの紙袋で指がちぎれそうに痛く会話すら途切れた。街中に戻ってきて、ようやく一休みする喫茶店の前にたどり着いた時、クスクスとみんなに忍び笑いというのだろうか、自虐的な、自分を笑う声がわき出てきて、顔を見合わせると期せずして大笑いになった。

「負けたね」、「凄いおっさんだ」と二人が言ってまた笑った。私も販売のノルマに加えて、制作中の「フォト・クリティカ」において急遽この写真集を紹介する記事を入れる約束も交わされてしまっていたのだ。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)

   (次号へつづく)
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